« September 2004 | Main | November 2004 »

October 30, 2004

プウ・ウアラカア公園

 日本滞在9日目。そろそろハワイが恋しくなってきた。まず困らされるのが雨。次に寒さ。
夕べ知多半田に着いたら、大粒の雨だった。駅から兄貴の家まで歩いて10分。とても傘だけで歩いたんじゃ、ぐしょぐしょになっちゃう。駅の回りをただうろうろするだけでも相当濡れた。兄貴と名古屋で落ち合ったので車は家にあるけど運転して迎えに来る者がいないのさ。駅前のタクシー乗り場ももぬけの殻。待つこと20分、何とかタクシーを確保したけど、いやーひどい目にあった。
 
 久し振りの姪っ子達と12時頃まで話しがはずんで、盛り上がりっぱなし。真夜中にカラオケに行くことになったのはいいけど、雨は止まず寒さが厳しくなってくる一方。この辺の田舎町にはカラオケ・スタジオも少ないのか、何と30分待ち。さんざん待たされた反動で、思いっきり唄いまくってやった。それにつけても外はふるえる程寒かった。やっぱりハワイの人間には寒さは大敵です、、、、。

 このところ、タンタラスのPix(Pictures)を大分アップしてるけど、一般の「シテイーライト」とか「イルミネーション」などと呼ばれる夜景を見るオプショナルツアーでの「タンタラス」は、ほんの中腹までしか登らない。でもさらに上って行くと「プウ・ウアラカア公園」って言う公園があるんだ。みんなの中にはレンタカーなんかで行ったことある人もあるかも知れないけど、ここから見下ろすホノルルはまた格別だよね!途中にはジャングルや、とてもハワイとは思えない、山間部の素晴らしい景色も見られるんだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 29, 2004

ハネムーナーと教会

 今、名古屋駅前にはそぼ降る雨の中大勢の人が集まっている。これから「中日ドラゴンズ」のパレードがあるそうだ。老いも若きも、手に手に「中日ドラゴンズ」の旗を持ってパレードの通過を待っている。
今日は土曜日、半田市にいる兄貴の家にこれから2泊する予定。月曜日には健太の日本営業最終地点、大阪に向かう。
名古屋では古い友達(旅行社の人だけど、皆お偉いさんになっちゃてる!)がいっぱいいるので、この2日間仕事もさることながら、本当に楽しく過ごしました。
 中でも、5,6年前からハネームーナーを大量に健太のホテルに送ってくれている、「自称・名古屋の、アランドロン(年がばれるよ、、笑)」事、Mr.I とは、時間も忘れて呑んじゃった!

 ハワイには沢山の教会があって、そこはほとんど日本人ハネムーナーにも開放されているけど、中にはかたくなにそれを拒否している教会もある。
 
 写真は「セントラル・ユニオンチャーチ」の1930年代と現在の姿。
 すばらしい教会だけど、ここで式を挙げている日本人ハネムーナーの姿を見るのはごく稀だ。

union_church1.JPG
union_church_bw.jpg

| | Comments (5) | TrackBack (0)

October 28, 2004

ハワイの空、東京の空

 昨日東京を出て、今名古屋に来ている。
来年は愛知万博や中部国際空港開港を控えて街は活気に満ち溢れている。聞くところによると名古屋駅前には「トヨタ」の本社が移ってくるそうで、街を行き交う人々にはビル工事の槌音も、軽快なジャズのリズムのBGMにすら聞こえているかのようだ。更に、ハワイ旅行を扱っている各旅行社は、今年の暮れからコンチネンタル・エアラインも名古屋空港からハワイ便の新規フライトとして参入するとあって一段と力が入っている。

 いやー、健太も日本に来て今日で一週間が経つけど東京も名古屋も、人が多すぎて眩暈がしてくる。
特に困るのは対向歩行者とぶつかりそうになって、避けようとすると同じ方向に互いに避けるので完全に正面衝突してしまうのさ。相手は「ばーか!」といわんばかりに睨みつけて過ぎ去ってゆく。
それが一度や二度じゃないんだ。多分、ハワイで車に乗っていると右側を走るので、その感覚で人をよけようとするからに違いない。いずれにしても健太は[ハワイの田舎者」、ごめんなさい、日本の皆さん。

 写真上は昨日東京を出てくるときホテルの部屋から見る東京の景色がすばらしかったので、パシャリ。
下は、タンタラスからハワイカイ方向を見たところ。

DSCF0048.JPG
hawaiikai_fron_tantalas.JPG

| | Comments (3) | TrackBack (0)

October 27, 2004

アラモアナ・ショッピングセンターの危機

 健太がハワイを出てくる前にウオルマートが開店したことはプーコちゃんのブログで見て知ってると思うけど、同じ敷地内のサムスクラブも健太がハワイを出る日にオープンしているはず。
ウオルマートは誰でも入れるけど、サムスクラブは会員制。
どちらも、あらゆるものがとびっきり安い。
 何しろアラモアナから歩いて5分。目ざとい日本からのツーリストは、既に相当の数がアラモアナ・ショッピングセンターから足を伸ばしているようだ。
ハワイを出る前の晩、その向え側にある例の「リキリキ・ドライブイン」で、友達と食事をしたらその様子が手に取るように見てとれた。
 そうなってくると、そのまわりのリテーラーは元より、アラモアナショッピングセンターがかなりやばくなってくる。
競争社会では仕方ないことだけど、そうとう気を引き締めてかないと各店ともその存在が危ぶまれる。

 なんてそんなことを考えていたら、健太も同じこと。ワイキキにある沢山のホテルに勝ち抜いていくには、気を引き締めていかなければならない健太、、、、。
でも、なかなか引き締まらない健太です。トホホ、、、、。

写真は、タンタラスから見たアラモアナ方向と、ショッピングセンターから見たヨットハーバー方向。


alamo_ana_sc.JPG

| | Comments (4) | TrackBack (0)

October 26, 2004

ダイアモンド・ヘッド古今

 営業で各旅行社をまわって話すことはもちろん、「健太のホテルにもっとお客さんを送ってください」って事だけど、はっきり言ってそんなことは相手もわかりきってること。結局彼らもハワイのホットな情報がほしかったり、健太は日本の業界のトレンドを知りたかったり。
でも、そんな話だって10分15分で終わっちゃう。結局四方山話ってのが比重を占める割合が大きくなる。
その四方山話で驚いたことは、男性はサーフィンをやってる人が実に多い事。
ワイキキの波の話や、ノースショアーの話に花が咲く。
女性はやはりブランドショップの話が多い。
でも、いまや日本にも沢山のブランドショップが出来てきているのに、なぜハワイのショップに興味があるのかな、、、値段だって格別ハワイの店が安いとはとは思えない。
やっぱり、男には女性の気持ちはいつまでたっても謎なのかも知れないね。

 ハワイの今昔、写真でずいぶん紹介してきたけど、今日は「ダイアモンドヘッド」。
それも健太の大好きなお尻の部分。健太はお尻が大好きなんだなって、今ごろ気がついた!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

ハワイのお得意さんと、目黒で偶然!

 健太東京営業2日目終了。
今日の東京は雨で、旅行社から旅行社への移動がしんどかったなあ、、、、ハワイで履いていた靴は乾燥しきってるから、一挙に水分を吸い込んで、靴の中まで水が入ってきやがった。ぐじょぐじょだ、きもちわり~!
それに昨日までいい天気だったんで、傘も持ってなかった。コンビニで傘を買うまでにずぶぬれさ。

 でも驚いたな~、今日目黒の駅前でハワイの旅行社の「ミキさん」と偶然ばったり会ったんだ。「あっ、健太さん!」彼女まん丸い目をしてこっちを見てたっけ。ワイキキで彼女に会うなら分かるけど目黒だぜ、目黒!
「どこに泊まってるの健太さん?」と問いかける彼女に「あっ、家のホテルなんだ(健太のホテルの系列)」。更に彼女目がまん丸になった。「私も家のホテルだけど、、、」。不審な表情。
二人が口に出したホテルの名前は「Mホテル!」。な~んだ同じホテルに泊まってたんだ。
でも、二人とも「家のホテル」と主張すれけど、彼女は旅行社の人間、僕はホテルの人間。
種を明かせば簡単なこと。彼女の旅行社の親会社が持ってるホテルがたまたま健太の勤めるホテルのフランチャイズだったってこと。
「ミキさん」は大手旅行社のお偉いさん。彼女にここで会えるなんて「ラッキー」!!もしかしてもっと仕事もらえるかな~、、、なんてあま~い考えの健太。「ばーかそんな簡単に行きゃ苦労しないよ!」、、、「わかってます、ただちょっと思っただけ、いいだろ少しくらい夢見たって!」。自問自答が続く、、、。


 「ミキさん」には、健太が前に勤めていた「Pホテル」で散々世話になった。一時彼女の旅行社がその「Pホテル」で集客率ナンバー1だったんだ。あれからもう17年。ワイキキもずいぶん変わったけど、下の二枚の写真はちょうどカラカウア通りのその「Pホテル」の前辺りの、1960年と現在。17年どころか、44年か~。さすがにすごい変わりようだけど、バニアン・ツリーはちょっと大きくなったって程度かな。カラカウアも昔は相互通行だったんだね。 

pb_front.JPG
scan0002.jpg

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 24, 2004

ハワイのお土産

 健太のオフィスには女の子が多い。 
彼女たちを見ているとよく食べる。間食が多いのだ。チョコレートとか、「Arare」とか、飴とか。
ハワイにはその「Arare」と称するハワイ製の日本のお菓子があって、スーパーなんかで手軽に手に入る。紛れもなく日本のあの「あられ」そのものさ。
中でも彼女たちに人気のあるのが、日本製の「キャンデー」、つまり飴。最近日本の飴もいろんなフレーバーがあって実に高品質。最近マカレー・ショッピングセンターには、飴の専門店が出来ているほどだ。昔はアメリカの飴がうまい時期があったけど、最近では日本の飴の方が確実にうまいからね。

 そんな中で、この写真の「パイナップル・キャンデイー」ハワイ産にしては大健闘。日本の飴並みに、かなりよく出来ている。
ただ残念ながらこれは、パイナップル畑のど真ん中の「ドール・パイナップル・プランテーション」まで行かなくちゃ手に入らないんだ。

 それにつけても、いつも感じるのはハワイの土産物に魅力的なものがないこと。マカデミアンナッツ・チョコなんか、とっくに土産物としては過去のもの。
 ハワイで何かビジネスをしたいと思ってるみんな、もし本気でそれを考えてるなら、「新しいハワイの土産物」を考えて見ちゃどうだろう。ちょっと頭をひねればいくらでもあると思うよ。

 今から10年ほど前、あるハワイの土産物屋による「ハワイの新しい、土産物アイデイア・コンテスト」なるものがあって、健太も応募した。
結果は見事一等賞でした!
健太が考えたのは、日本にあるゼリー菓子のハワイ版。
マンゴ、パイナップル、パパイヤ、バナナなんか、ハワイのフルーツを使った新鮮なフルーツ・ゼリーはハワイの土産物としちゃかなりいけると思うんだがな~。
残念ながらそのコンテストを主催した会社は、それを製品化する前に倒産しちゃったんだ。

 といった具合にハワイにはまだまだ、ビジネスチャンスはあるよ!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 23, 2004

ホノルル・ダウンタウン VS 日本の街並み

 昨日は夕方横浜西口でブログ友、チテンさんと食事をした。
チテンさんの提案で焼肉を食べて、それからラーメン屋に行こうと言うので、それに従うことた。
焼肉を食べ初めて10分ぐらいたったころ、おいおいビールも一杯しか飲んでいないってのに、めまいがしてきて天井がぐるぐる回りはじめたじゃないか。「これはシタリ、健太ともあろうものが、日本で焼肉を食べたぐらいで、目が回るほど感激している!」と、思ったら周りにいる客が騒ぎ始めた。「地震だ、地震だ!」
ハワイは「火山列島」であるにも拘らず、地震を経験したのはたった2回だけ。それも本当に小さな奴。だから「地震王国日本」生まれの健太も、すっかりその何たるかを忘れてしまっていたのさ。あー怖かった!

 横浜西口の様子は、昔そのライブハウスに出演していたところの西口とはまるで違っていた。
あの頃は駅ビル、西口商店街と高島屋。それが全てっだったような記憶がある。

 時代とともに街の姿が変わっていくのは仕方ない。けど、その街の「その街らしさ」は、どこかで守って欲しい。
健太が日本へ来ていつも残念に思うのはそこだ。東北の田舎に行こうが、九州の片田舎に行こうが、街並みは皆似たりよったり。小奇麗に舗装された道路、コンビニや立ち並ぶ近代的な家屋。整然としたこの街に住む人たちに一体「個性」ってものがはあるのだろうか、、、、、、
前にも書いたけど、それは「とっぴな形の家を建てればいい」なんてこっちゃないよ。長い歴史の中を脈々と受け継がれて来たたその土地土地の伝統のようなものが、日本のど街からも消え始めているような気がしてならないんだ。
かすかに残された街中の神社や歴史的建築物が、立ち並ぶビルや近代建築物の中に窮屈そうに肩をすぼめている姿は、実に見るに忍びない。

 アメリカは歴史の浅い国。それだけに彼らは歴史や伝統を大切にしている。過去はもう、現在の我々には決して作れない尊いものなのさ。
 ホノルルのダウンタウンの街並みには、この写真のように貴重な建物の姿がたくさん残されている。

 災害にあわれたました新潟の皆様、心からお見舞い申し上げます。

| | Comments (4) | TrackBack (0)

October 22, 2004

カピオラニの壁画

 東京のホテルにいます。
成田から品川まで、1時間ちょっと。でも、リムジンバスは品川近辺のホテルを次々と止まって、健太の泊まるホテルは一番最後。なんだ、結局品川に入ってから30分かかっちゃった。

 日本の第一印象。秋の空気が格別うまいね!
高速を走っていてトラックの多いのにおどろいちゃった。
東京の変化には目を見張る。ここ品川に変わりようったら、高層ビルがいっぱいじゃないか!

 でもハワイだって少しは変わってきてる(競争意識)。
カピオラニ通りとピーコイ通りの角のビルに、突然壁画が出現!すごいだろ、、、、でも一体何の絵なんだ?
とにかくご覧のように、カピオラニでもまた工事が始まってる。時間がかかるぜこの工事。ハワイの道路工事は、実にのろいんだ。働いてるやつらは時間給だから、早く終えると仕事がなくなっちゃうからだろうね。
 
 写真はハワイを出てくる前に撮ったもの。
 
 今ホテルのビジネスセンターで書いてるけど、コンピューターが二台のうち一台しか稼動してないんで、後ろで待ってるやっいる。ごめん、今日はこのへんでね!

 実家はここから近いので、これから、おっかさんに会ってきます。
 夕方は横浜へ行ってブログ友のチテンさんとラーメンを食べる事になってるんだ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

October 20, 2004

こんなレンタカーで、タンタラスへ?

 最近また朝晩雨が少し降り始めたけど、おおむねホノルルの天気は上々。日本のニュ-スを見ていると台風ばかりで本当に気の毒だ。
ま、ハワイの天気はいいので、こっちに来たらレンタカーかなんか借りてあっちこっち行ってみようよ、みんな!
初心者はとりあえずメージャーなスポットは必ず押さえようか。
 
 「タンタラス」。
まだハワイに来たことのない人でも、名前くらい聞いたことがあるかもしれない。
俯瞰で見るワイキキは幾つかあるけど、この「タンタラス」が一番高いところにあるので、更にワイドな景色が楽しめる。かすかに見えるワイキキのホテル群、ここから見おろすホノルルの街並は最高だね。

 ワイキキでも「はやり」がそれなりにある。
「昨日はやっていたもの」が、もう既に今日はない東京のスピードにはとても付いてはいけないけどね。
 
 写真の補助輪付き3輪車。かわいいね~!これはもう2,3年たつかな、最近あまり見なかったけど久しぶりに、ワイキキの通りを走っていたので思わず「パシャり」。
こんなのに乗ったら、バケーション気分最高に盛り上がりそうだね。こんなに小さいのに、乗ってる奴の気持ちはいっぱしの「スポーツカー・ライダー」気取りさ。気持ちは良くわかるよ。
でもさ、くれぐれも言って置くけど、これにの乗ってあまり遠出をしないようにね。
この前タンタラスに上っていったら、こいつに似た奴が途中でエンコして投げ捨ててあった。正確な高さは知らないけど、タンタラスも標高300メートルくらいはあると思う。そんなところをこの小さなエンジンで上がっていくなんて、無理無理。かなり急な坂道もあるからね。

 健太は明日JAL75便で日本へ発ちます。
成田空港でのお出迎えは、混雑を避けるために自粛してください!*!#@%^(&&?
ラップトップは持ってないので、ホテルのビジネスセンターから、「ハワイの田舎っぺ」ぶりを出来るだけ報告したいと思ってます。日本滞在は15日間の予定です。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

October 19, 2004

とんまはまだ帰ってこない

 とんまはまだ帰ってこない、、、。
やっぱりテイクアウトには飽きた。
仕方ないね、だから今日も「オノ」(正式にはオノ・コリアンBBQでした)からテイクアウトした。
相変わらず美味かったけどね。

 実は韓国料理については健太すごくうるさい。なぜって聞かれると、、、白状しなきゃいけないな~。健太は、Xいち。とんまと結婚するず~と前は韓国人と結婚していて、カピオラニ通りで「韓国料理店」を経営していたんだ。
朝から晩までキムチ、カルビ、プルコギ、ビビンバ、ユッケジャン、ククスー、ネンミョン、チゲ、、、。時には厨房に入ってなんでもやった。キムチ作り以外はね。
本当は見よう見まねで、キムチも作ってみたんだけど、韓国の連中は健太の作ったキムチには一寸箸をつけるだけで、それ以上食べようとしなかった。自分では美味く出来たと思ったのに、、、、。でも、何故か分かるような気がする。

 ハワイに住んでいて、気を付けなければいけない事がいくつかるある。 その一つに、「ラーメン・X0X0」とか看板に大きく日本語で書かれているので、食べに入ると、時々とんでもないものが出て来ることがあるのさ。味噌ラーメンなんか、ただの味噌を、お湯で溶かした中に麺が入ってる。そんなのを食わされるんだ。ま、多少表現が誇張されてるかもしれないけど、キッチンの中をのぞくと、「なに人」か分からない奴がラーメンを作ってる。

 写真は韓国料理にしてはとてもまろやかな味、「マンドウ・ククスー」。
 オノの看板を写したものです。
 「ユッケジャン」の写真ものせたのですが、色があまり良くないのでカットしました。
 ごめんね!

| | Comments (2) | TrackBack (0)

October 18, 2004

ファーストクラスでキャビア

 とんまたちスッチーは皆口がこえてる。美味いものには敏感。何処からともなく何時も美味いものを見つけてくる。
やっぱ、世界中飛んでたりしてたから、健太なんか知らない美味いものをいくらでも知ってる。

 とんまの招待で初めてファーストクラスに乗った時、次から次へと色んなものを出してくれたっけ。でも実は健太その時、キャビアを腹いっぱい食いすぎて気持ち悪くなっちまったんだ。
貧乏人に食わせるとそういうことになる。
出てくるワインなんかもそりゃめちゃ美味い。美味いに決まってる、ファーストクラスだ。「航空会社の威信に掛けても安物なんか出せるわけがない」。そう思うと、一杯が二杯、二杯が三杯、、、気がついてみたらトイレもいけないほど足をとられてたっけ。

 健太たちが家にいるときの食事は、「焼き魚、納豆、漬物」なんかが中心。
健康的で良いけど、エコノミークラス症候群にならないかな~、、、。

 そんな我が家にも、一つだけこだわりがある。
朝食の「パン」。
この12年間、パンだけは必ず日本から買ってきて食べるている。
ハワイのパンが、いまいちだったからさ。
ところがこの何年か前から、ハワイでも美味いパンをつくる店が出てきた。とんまがどっから聞きつけてきた。

 マノアベーカリー。最近は日本の雑誌にも紹介されているので、きっと知ってる人もいると思う。
ここのパンは美味い。予約しておかないと食べそこねるほどの人気。昨日も昼過ぎ言ったらもう殆ど売り切れでした。
 ここのスイート・ブレッド、ホテル・ブレッドが最高。何もつけずに、一斤一人で軽く平らげられるよ。

 ユニバーシテイー・アベニューを山に向かってどんどん行くと、右手にマノアショッピング・センター。その一番奥まったところにある。
 写真はロコの店員たち。奥には日本から来たご夫婦が、何時も仲良くパンを作ってる姿が見られる。お二人さん、いい感じだな~!ちょっと、奥に見えるでしょ。

| | Comments (5) | TrackBack (0)

October 17, 2004

ブーゲンべりアと三重の塔

 何時も言うけど、市民権を取ってアメリカ人になったとは言うものの、健太は所詮日本人。
 毎日ローカルや白人と仕事をしていると、自分のアイデンテイーをはっきりさせたいと言う、無意識の行動をとる。その第一が食べ物。ハワイに来たばかりの頃はステーキとかハンバーガーを毎日食べてもOKだった。
でも最近、食事は絶対日本食、あるいは中華、韓国料理が良い。年のせいもあるのかもしれないけど、どうしてもそうなる。
健太のホテルでは「カフェテリア(社員食堂)」があってそこで昼食は無料で食べれる。でも健太はそこではめったに食べない。$10払ってもいいから日本食が食べたいのさ。
女の子も、白人はとってもかっこいいし綺麗だけど、やっぱ健太は日本人の女の子が好きだ。
「とんま度100%全開」だけど、健太にはとんまがお似合い(笑)!


 ヌアヌ・メモリアル・テンプルには、「三重の塔」と「銀閣寺風」の日本建築物がある。
その由緒など全く分からないが、こいつを見ていると心が妙に落ち着くんだ。
参拝者が少ないために今や廃墟になりかけているけど、一見の価値あり!
こうした日本建築にはどんな花でも良く似合う。
ブーゲンべりアの咲き乱れる中の「三重の塔」、日本では絶対に見れない景色だろう。
 
 場所は、ダウンタウンからヌアヌ・アベニューを、山側に向かって行った右側にある。
 草木に埋もれてつい見落としてしまいそうだけど、フリーウエーからパリ・アイウエーに入ってすぐのところからも、左側にかすかに見える。

juno_tou.JPG

文化・芸術 | | Comments (13) | TrackBack (0)

October 16, 2004

ハワイのマックのコーヒー

 裏オワフ・カイルワに、健太が良く行くギター屋さんがある。ビンテージ物なんか数がそろってるので、今日も行ってみた。
 ついでに通り道なので、ハワイの観光名所でも超メージャーな「ヌアヌ・パリ展望台」によった。
さすが「ヌアヌ・パリ」、午後でもいっぱい観光客がいた。
 皆も知っての通り、昔「カメハメハ大王」がオワフ島を征服しようとした時、最後の戦場になったところ。カメハメハはこのヌアヌ・パリの断崖絶壁から次々と敵を突き落として、勝利を収めたと言う。
 また風の名所としても知られていて、下から吹き上げてくる強風に、時には寄っかかることが出来るほどだ。
 
 健太の横を通ったロコの少年が母親に聞いていた。
 「何でここはこんなに風が強いの?」
 母親はさかんに答えを導き出そうと暫く考えている様子だったが、結局何の答えも出てこなかった。
 健太は思わずその少年に声を掛けた。
 「そいつあー、ここがヌアヌ・パリだからさ!」
 少年の表情に,更に疑問が深まってゆく様子が見えた。

 下に見えるゴルフコースは「パリ・パブリック・ゴルフコース」。パブリックコースとしては、景色、レイアウト、難易度、からしてトップクラス。しかし、グリーンがよくないのが難点。

 お腹が空いたので、カイルワのマックで「クオーター・ポンド」を食べた。ハワイのマックのコーヒーは最高に美味いぜ~!アメリカンが好きな人で、ハワイのマックのコーヒーを試したことがない人がいたら、ぜひ一度!健太はスタバのコーヒーより好きだな。

pali_look_out_2.JPG


| | Comments (8) | TrackBack (0)

アロハ・スピリット

 ハワイの景色は何時見ても爽やか。その爽やかな景色を見ながら、胸いっぱい空気を吸う。
太平洋の真ん中の島。工場なんかもあまりないし、たとえ多少汚れた空気があったとしてもトレイド・ウインドが一瞬のうちにどこかへ運び去ってくれる。だからここの空気はめっぽう美味いんだ。
 ここに住んでる人たちも、そうした環境に染まっていて、こころから爽やかな奴が多い。
 
 「アロハ・スピリット」。
 健太の勤めるホテルは勿論のこと、ハワイの何処のホテルでもこの「アロハ・スピリット」って言う言葉を大切にしている。「いつも、温かい心でハワイを訪れる人を歓迎しよう!」、って言うのがその精神。
 しかし、外部移住者が多くなってきた昨今、その「アロハ・スピリット」が大分水増しされてきているかな、、、

 健太がまずハワイに来て驚いたのは、人々の心の温かさ。
 ミュージシャンとしてヒット曲はあったけど、まだまだ貧乏だった健太たちを、ロコ達は徹底して支えてくれた。
 ライブが終わるのが朝4時。楽屋から出てくる健太たちを何時も誰かが待っていてくれて、「ヘイ、ケンタ、レッツゴーブレックファースト!」って誘ってくれる。相手は時には飛びっきりの美人、時にはごっついおっさん、時にはおかま。色んな人たちがいたけど、皆心から健太たち応援してくれた。
 後で知ったんだけど、とびっきりの美人は「売春婦」、ごっついおっさんは「ギャンブラー」、おかまは、、、やっぱり「おかま」だった、、なんてこともあった。

 そうしてブレックファーストが終わると「健太、今日はドライブに行こう」とか「今日は映画に行こう」とか。
それはもう、毎日が夢のようだった。
 何よりも感激したことは、彼らは誰一人として健太たちから何かを求めているわけじゃなくて、心から健太たちを歓迎してくれていたってことさ。
 つまり、そいつが「アロハ・スピリット」だったんだ。

 そうして連れて行ってもらったドライブで気に入った景色の一つを、今日は見てもらいたい。
 ワイキキやその他のハワイの景色に少し飽きてきた頃、この景色を見て、心を締め付けられるような底の知れぬ「哀愁」を感じたことをはっきり覚えている。

 写真はダイヤモンドヘッドのすそから、カハラの豪邸群を狙って望遠でみたところ。

| | Comments (6) | TrackBack (0)

October 14, 2004

ハワイアン・プランテーション・アイステイー

 健太が勤めているホテルのロビーとバンケットルームの改装工事が終わった。
広く旅行社の皆さんに見てもらうために、昼食がてらに見学に来てもらっている。見学者はリザベーション、プランニングの連中、そしてお偉いさん。今のところ評判は概ね上々。

 ロビーは以前に比べて格段と明るくなった。
またホテルへのアクセスがメイン通りから直接入れるように、壁に穴を開けてロビーへとつなげたので、さらにホテルとしてアトラクテイブになったのは間違いない。ホテル全部屋数620室。現在ホテルのクラスとしては3スター。これを4スターにしようというのが、オーナーの目論みだ。
 このホテルの親会社はアメリカ全土に17のホテルを有し、フランチャイズとしてはもちろん日本にも同名のホテルがいくつかある。

 ホテルの1階にはホテル直営のレストランがあって、そこでランチを招待。
レストランからは深い緑の中庭がみえて、咲き乱れるプルメリアがほのかにレストランまで漂う。最高の雰囲気だ。
 
 今日は中国系の旅行社の社長さんを招待した。彼の顧客は、香港、台湾、中国本土、東南アジアからやってくる。それだけに彼の舌はこえている。
 頼んだメニューは「エッグ・ベネデイクト」。
少し焦がしたイイグリッシュ・マッフィンにハム、半熟の卵をのせてその上でチーズを溶かす。
 この半熟感がなんともいえないうまさを演出している。普段健太は「クラブ・ハウス・サンドイッチ」か「BLT・サンドイッチ」を頼むんだけど、今日は珍しくこれにした。正解でした。社長さんも「very good!」なんて言って、うまそうに食べていた。

 写真は「エッグ・ベネデイクト」、飲み物は「プランテーション・アイステイー」。プランテーション・アイステイーとは、アイステイーにパイナップルジュースを入れたもの。

egg_benedict.JPG

| | Comments (8) | TrackBack (0)

October 13, 2004

カハラ高級住宅地

 ハワイの高級住宅地といえばみんなも知っての通り「カハラ」。
 そこには数々の豪邸がひしめいていて、どれも馬鹿高い。中でもオーシャンフロント・プロパテイーには破格の値段がついている。
 
 「カハラ」はワイキキを東にダイアモンドヘッドの下を通って、更に東側に位置する。
 バブルの最盛期には数多くの日本人がこの「カハラ」の豪邸を所有していたけど、今ではその数もかなり減ってきた。
 
 ホテルもそうだ。
 かつてワイキキ目抜き通りのメインホテルの殆どが、日本の企業によって独占されていたが、、、いまや夢の夢。
 最後の砦、シェラトン・ワイキキも今売りに出されていると、今週のホノルル・アドバタイザー紙に大きく報道されていた。健太たち日本人には、実に淋しい話題です。

 「日本の経済は回復している」と、報じられるようになって久しいけど、本当なのかな~?

 写真はダイアモンドヘッドを過ぎて、カハラに入るところ。正面ず~と先に小さくココヘッドが見える。
 

| | Comments (20) | TrackBack (0)

October 12, 2004

ホノルル・サイトシーン・ベスト10

 午後になってクライアントの一人が、ハワイにいながらまだパンチ・ボールに行ったことが無いというので、30分ばかりランチを早く切り上げて2人で行ってみた。

今日も最高のハワイ晴れ!
ワードアベニューをどんどん登っていくとそこはもう、パンチ・ボールのすそ。そこからぐるっと回った裏側に入り口がある。
沢山の兵士たちの墓に手を合わせながら、健太たちは展望台に上がった。
ちなみに、「パンチ・ボール」の本来の意味は、パーテイーなんかでフルーツ・パンチ(ジュース)とかを入れる、少し大きめのボールのことを言うらしい。

おや?
なんと、展望台には誰もいない。昼過ぎ、こんなにいい天気なのに誰もいないってどうした事か!
ま、誰にも邪魔されないで貸しきり状態だから良いけど、これほどメージャーな観光スポットに、しかもこの時間誰もいないなんてとても信じられなかった。ホノルルの観光スポットベスト10に入るところでもあるんだここは!

 ここから見下ろす景色。
海へ向かって左はダイアモンドヘッドとワイキキのホテル。
正面は太平洋に向かって立ち並ぶコンドの群れ。
そして右側には、真珠湾とホノルル空港。
これほど贅沢な景色は滅多にないよ!
 

 写真は展望台からアラモアナビーチ(左)カカアコ(正面)を見おろしたところ。左端にかすかに「マジック・アイランド」も見える。


punch_bowel_shoumen_2.JPG

| | Comments (9) | TrackBack (0)

October 11, 2004

とんまもハワイに移住

 ハワイ移住を考えている人が実に多い。 
 理由は様々だろうけど、やっぱり一番の理由は、この気候かな。
 日本にいるといい季節もあるけど、今みたいな台風シーズンや雨期は、、、、って言う人が多いんだろうな。
 それと満員電車もいやだろうね。

  「私はハワイに住む気なんか、これっぽっちもない!」
 とんまと知り合った時、彼女は何時もそんなことを言ってたっけ。
 「ハワイは退屈で、いらいらしてくる!私は日本が好き!」
 いらちのとんまにとっちゃ、とても耐えられないんだ、このまったりムード。
 健太だって負けずに言ってやった。
 「健太も日本なんかに住む気なんかこれっぽっちもないね。あんな人混みの何処がいいんだよ、空気が悪くて息も出来ない」
 「何さ、ハワイのドライバーはみんな間抜けで、いつももたもた走ってる。良かったね、それだけのんびり走ってりゃ 10日もすれば家に着くでしょ!」  
 ところがどうだ、あれほど豪語していたとんまも、健太の魅力に負けて、とうとうハワイに移住した。
 この勝負は健太の勝ち(笑)!
 でも確かにこっちのドライバーには時々いらいらしてくる。「よくもまあそんなにゆっくり走れるもんだ!」って怒鳴りつけたい奴がいるはいるは。

 それと、ハワイは物価が高い。特に居住費。
 コンドもピンきりだけど、このところぐんと値が上がってるね。
 写真のコンド上がランドマーク・ワイキキ。左に一寸見えるのがマルコ・ポーロ。
 カラカウアとカピオラニの交差点からの景色。ハードロックカフェがほぼ中央に見える..
 
 健太はこのマルコポーロのペントハウスに昔住んでいた。
 山側だったけど、1階が大きなリビングルーム。2階には2つのバスルームと2つの寝室。住み心地は最高でした!
 だけど一つ難点があったんだ。ユニットが多すぎてペントハウスまで(35階だったと思う)エレベーターがなかなか上がって来ないんだ。コンド自体がまるで小さな村みたいで、2000人くらいは住んでいると思うよ、あそこに。

 えっツ「今そのペントハウスはどうしたか、、」って?
 いや~面目ない!もう20年以上前に、事情があって始末しました。苦労してます健太、、、、、とほほ。

land_mark_waikiki.JPG

| | Comments (9) | TrackBack (0)

October 10, 2004

オノ・韓国料理テイクアウト

 とんまが東京に行ってもう一週間。外食やテイクアウトに飽きてきた。
でも自分で作る気がないんだから仕方がない。そこでいい案が浮かんだ。ランチ抜かすのさ。そうすれば、夜何を食べても美味く感じる。 
 更に一つ考えを進めると、腹がすいた時は何でも美味しく感じるんだろうけど、美味いものを食べればもっと美味い!

 ハワイ語で、美味い=オノ。 
 カイムキ(ダイアモンドヘッドの北側)タイムス・スーパーのそばに、この韓国料理のテイクアウト店「オノ」がある。ここの「弁当コンビネーション」は看板に偽りなし。実に美味い。
 写真でも判断できると思うけど、チキン大きいのが2枚、バーベキュービーフが3枚。マンドウー(餃子)2個。それに10種類ほどある野菜バンチャン(野菜のおかず)の中から4種類選べる。健太は今日、「白菜キムチ」「キャベツのごま油和え」「酢わかめ」「水菜のおしたし」を選んだ。
 この前「エムノジ」さんのコメントで「鬼のようなてんこ盛り!」って言うのがあったけど、今日は腹も減ってるし、それで大いに結構でした(笑)。
 
 店によっては最初美味くて「だんだん不味くなる」ってのがあるけど、この「オノ」、行く度に美味くなる。
 以前は間口2メートルぐらいだった店も、いまや隣の寿司屋を買い取って倍の大きさになっている。やっぱり地道に安くて美味いものを提供していた努力のたまものだろうね。この前TVでも「美味い店」として紹介されていた。
 健太はとんまと結婚する前からこの「オノ」に通っているので、からかれこれ12,3年ファンだ。もちろん店の皆とも顔見知り、日本人の癖に「怪しい韓国語」をしゃべるので向うも健太のファンになっている。この前店のおばさんにつくずく言われた。「ね、あんた独身(韓国語でチョンガ)?」健太がニヤニヤ笑ってごまかしていたら、「チョンガなら結婚したいな~」、、、、健太もてちゃった(爆)!きっといつもテイクアウトしてるから、独身だと思ったんだね。

 しかし、韓国の人はよく働く。いや韓国人ばかりじゃない、ホテルのメードさんはフィリピン人が多いけど、彼らも実に良く働く。性格も明るいしまじめ!本当に頭が下がります。
 
 弁当コンビネーション、税込み$6.76でした。
 
korean_diiner.JPG

| | Comments (6) | TrackBack (0)

ビジネス英語の書き方

 この季節になると、健太のコンドのパーキングに入る道にへんてこな木の実が落ちている。名前は知らないけどタイヤがこいつを踏んだらパンクしそう。一個や二個ならまだ良いけど7,8個ぐらい何時も落ちている。健太は勝手にこいつを「スター・ナッツ」と呼んでいる。でも食べられそうもないし、わけが分からない不気味なやつだ。

 わけが分からないと言えば、イングリッシュ・ビジネス・レター。
 ワイキキのホテルマンとして、健太はこいつをクリアーしておかないと、仕事が出来ない。実はこいつには、この16年間本当に苦労をさせられた。何しろ健太の英語は environmentで身に付けたもの。会話は何とかこなしても、ビジネス・レター?逃げ出しちゃお~!
 
 それが、テーラー・ヘイバー教授による「Contemporary Business Writing Style」と言うカピオラニ・コミュニテイー・カレッジ、Business Educaion Unit のクラスを取ってから、すっかり自信が付いてきた。 
 目からうろこってこんなことを言うんだね!
 それともう一つ、皆も安心できることがある。一寸信じられなかったけど、実はロコもこういうこと苦手なんだよ!
 このクラスはホテル側がマネージメントスタッフに強制的に受けさせたもので、一緒にこのクラスを受けた居並ぶロコの「部長、課長連中」たちも健太と同じ事で(ビジネス・レター)苦しんでいたんだ。
 
 ヘイバー教授の言わんとすることを、この際皆に「無料で」伝授しよう(笑)。
 つまり、ビジネス英語もこの10年ほどで大きく変わってきているそうで、その多くが「しゃべり言葉になってきている」って事なんだ。
 たとえば、
 
1. prior to=before
2. endeavor=try
3. accomplish=did, do
4. component =part of
5. subsequent to=after
6. demonstrate=show
7. terminate=end
8. transmit=send

 日本語にもよくあるよね、やたらボキャブラリーをならべて書けば正しい!見たいな風潮。
 「ビジネス・レターの目的はこっちの意思を相手に伝える事なんだから、やたら難しい言葉を使って相手を雲に巻いてどうすんだ!」
 
 ヘイバー教授有難う!

how_to_write_english.JPG

| | Comments (6) | TrackBack (0)

October 09, 2004

ハワイにビートルズ!

 古き良き時代、1950年~1960年のワイキキの写真昨日見てもらったけど、それより少し後になると、シェラトン初め沢山のホテルが建ちはじめる。
 そして、その頃になると「エルビス・プレスリー」や「ビートルズ」もハワイに来ていた。
 多分写真のアングルから言って、ビートルズはモアナ・ホテルに泊まったに違いない。
 プレスリーはハワイが大好で、ノースショアーに別荘をもっていた。そこから「ニール・ブレジデルセンター」まで自家用ヘリコプターで飛んできて、ショウに出演していたのさ。
 健太もハワイに来たばかりの頃、よくそのノースショアーの彼の別荘に日本からのお客さんを案内したもんさ。

 ハイヤットの裏に「キングス・ビレッジ」があるけど、そこの「ロック・アイランド・カフェ」では1950年60年辺りの雰囲気をふんだんに満喫できる。

Beatles.jpg
rock_2.JPG

| | Comments (7) | TrackBack (0)

October 07, 2004

シェラトンから見る、ダイアモンドヘッド

 今日本から、「レイコのハワイってさ、、、」のレイコさんが来ているので、プーコちゃんとレイコさんの友達のタリンと4人で、この前紹介した「韓国料理・Shillawon」に行って、焼肉、キムチをいっぱい食べてきた。

 健太が始めてハワイに来たときは、既に「シェラトン・ワイキキ・ホテル」はあった。
 そのプールから見るダイアモンドヘッドは当時から群を抜いて素晴らしい景色だった。
 まるでダイアモンドヘッドを独占したみたいな気持ちになれるのさ。
 でも1950年から1960年、あの辺りはまだ何にもなかったんだね。当時の写真集を見ると、何もないただの片田舎のビーチ。
 
 だけど車を見てご覧。かっこ良いとは思わないかい?テールにある垂直尾翼みたいなやつ。なんだか男のロマンを感じるね。
 今の車もわるくはないけど、機能性ばかり考えた無駄のない設計で面白味がない。
 そこに行くと、当時のアメ車は無駄だらけって感じ。
 
 高校生2年の時、健太なりに無理算段してギターを買ったけど、おっかさんに「無駄使いしちゃだめ!」なんて怒られた。でも、そのギターのおかげで健太は長い間食ってこれたし、ギターのおかげで今こうしてハワイにいられるんだ。
 そう考えてみると、無駄の中にこそ、何か人生の大切なものが隠されているような気がしてならないんだな~。

sheraton_pool.JPG
dm_head_1950.jpg

| | Comments (7) | TrackBack (0)

October 06, 2004

ハワイの田舎っぺ

 ハワイでも、ワイキキの中心にいる健太は立派な都会人。
 颯爽とカラカウア・アベニューを歩いている。
 だが待てよ?ひよっとして、それって何かが変だ。
 都会人てのは、ファッションの流行に敏感でそれにあわせた身だしなみとかしてたり、たとえそれが出来ないにしても最低、何が世の中で流行ってるかは知ってて、何らかの形でそれを自分のファッションにも取り入れようとしている。

 健太は年に4、5回日本には行くものの、日本の都会で一体どんなファッションが流行ってるかなんて,まるで知らない。
 実は、知る必要もないんだけど、日本の都会の人から見ればきっとすげーだせー「田舎のおっさん」にしか見えないに違いない。

 今ハワイの都会(?)では、「モミ・テイー」が人気がある。
 アイス・ミルクコーヒーの中に、クランチーなまん丸いコーヒーゼリーが入っているやつ。
 今日の夕食は外食だったので、デザート替わりにそいつを飲んできた。ローカルの間でも人気は高い。クランチーなコーヒーゼリーのかみ心地がなんとも言えないね~。
 <これなんか、とっくに日本でははやってるのかも知れない、、、、、、、>
 そう考えたとたん、「あ~、健太はハワイの田舎っぺだな~」と、つくづく思った。

 でもやっぱっり健太はワイキキでは最先端。ごらん、このクヒオ通りの写真を。
 動物園に近いクヒオ通りは、今やこんなに緑の綺麗な街並みになってるんだよ!
 井の中の蛙って言うけど、ま、別にそれでもいい。ワイキキじゃ健太は颯爽と歩いてるんだ!

 写真上は最近のクヒオ通り。左に見える高い建物がワイキキ・ビーチ・マリオット。
 右に見えるのが名も知れないコンド、その先に一寸見えるのがワイキキ・バニヤン。

| | Comments (7) | TrackBack (0)

October 05, 2004

ハワイラーメン事情 IV

 マカレー・ショッピングセンターが今熱い。
 特に各レストランが人気を呼んでいるのさ。
 この前報告した「中華料理・フクエン」を初め「タイ料理、プーケット・タイ」「韓国料理・億兆」「居酒屋風日本食・あうん」そして「ラーメン屋・よってこや」。
 駐車場は表の店の前と地下にもあるけど、何時行ってもいっぱいだ。
健太はこの2週間の間に全部行ってみた。これだけ流行っているだけあって、何処も美味い。

 ランチンに「よってこや」の暖簾をくぐる。 
 店内の10テーブルほどあるうち3つほど客が入ってた。
 「健太!」入り口のそばに1人の白人が座ってる。その声の主は、ワイキキで長年ツアー・エスコートをしているジェームスじゃないか!
 「健太こっちにすわんなよ」手招きをしているジェームス。
 彼とは久しぶりに会う。前回彼に会ったのは去年のホノルルマラソンの時健太のホテルに入ったグループのエスコートをしていた。
 ジェームスは子供の頃日本にいた。まわりは日本人ばかりの環境。日本語に全くなまりはない。
 目をつぶっていたら日本人と話しているみたい。
 <こいつ、本当は日本人で、白人にあこがれて髪を染めて整形手術したんじゃないか!>、、、、そう思ってじっつと彼を観察みたけれど、どうもそんな気配はない。
 健太もジェームスもこの業界が長いので顔見知りではあったたけど、あまり親しく話したことはなかった。
 どちらからともなく、ラーメンが出てくるまで互いのこれまでの簡単な人生を語り合った。彼は子供の頃「外人、外人」と周りの子供たちにずいぶんいじめられたらしい。でも中には親友もいたみたいだ。その親友の話をしている時の彼の目は、少年のように輝いていた。
 <一緒に座っちゃったし、子供の頃日本人にいじめられたと聞いちゃ、これは健太がおごらなきゃいけない、、、>
 出てきたラーメンを食べながら、そんなことを考えていた。でも彼との会話はすごく楽しかった。
 伝票が来た。
 健太が手を伸ばそうとしたら、ジェームスがさっと取ってしまった。
 「健太、今日は俺がおごるから心配するなよ!」
 「えっつ!」

 ハワイでは人におごってもらったら、おごられた奴がチップを払う。これが常識。
 健太がチップを置こうとすると、「なにやってんの健太、おごる時は全部払うのが俺のスタイル!」
 ジェームスはガンとして聞かなかった。
 
 あ~すごく美味しいラーメンだった!

 写真上は「よってこや」のラーメンとチャーハン。このほか3つ餃子がついて、$10.50。 
 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

October 04, 2004

とんま看護奮闘記

 とんまが、また日本に行っちゃた。
 実は彼女は今日から休暇なんだけど、両親が二人とも具合が悪いんだ。
 今まで仕事で成田へ飛んでも、航空会社が用意した成田のホテルには泊まらず、都内の実家に両親看護のため毎回帰ってた。
 クルーは基本的に成田に一泊。その間東京の実家へ行って両親の面倒を見る。それから次の日成田に戻って仲間と合流して、またハワイまで仕事をしながら帰ってくる。
 並大抵の努力じゃ出来ないと思うんだけど、とんまは本当に元気で、そんなハードスケジュールにもけろっとしてる。ホノルルから成田まで仕事をしてから、東京へ行って帰ってくるだけでも疲れるぜ!
 それがもうかれこれ一年近く続いてるんだ。とても健太には出来ないこと。尊敬してます。

 そんな訳で今晩また健太ひとり。前にもにも書いたよね、ランチはまだ良いとして、レストランで一人デイナーを食べてる姿ってすっごくミジメ、、、。今晩は料理をする気がないので、テークアウトにした。
 
 アラモアナ・ショッピングセンターからケアモウク通りを山側へ2ブロック行った右側に、「いまり」と言うテイクアウト専門店がある。健太は何時もそこでは「のり弁当」を頼む。あまり量が欲しくない時はこれがぴったり。
 おかずはコロッケ、鳥のから揚げ、漬物、そセージ半分。
 健太はこのご飯が好きなのさ。ご飯とご飯の間に醤油で軽く味時付けした海苔がしいてある。
 こいつがえらく郷愁を誘うんだな~
 子供のころ、おっかさんが良く作ってくれたっけ「のり弁当」!

 いまりの店内に入ると初めに目を引くのが、ところ狭しと壁に貼られた、求人、売り物、貸しアパート等、メモの山。
こっちではこれを「ブルテン・ボード」って言うけど、日本ではなんて呼ぶのかな?単なる「掲示板」とはちょっと意味が違うような気がするんだけど、、、、健太、日本語おかしくなって来てます(苦しい言い訳、、、)。

 「のり弁当」は$4.50+Taxでした。
 美味かった!

 デザートは何時も買い置きしてある、「クロンダイク・チョコレート・フレーバー・カバード・バニラ・アイスクリーム」でした。
 このアイスクリームはロコの友達から教えてもらったんだけど、さすがにロコはみんな昔からアメリカにある、安くて美味いもんを良く知ってるよ!


Klondike.JPG

| | Comments (6) | TrackBack (0)

October 03, 2004

ハワイアン・チョップ・ステーキ

 最近毎週土曜日になると、友達から映画の誘いがかかる。 その友達も健太と同じくワイキキでホテルに勤めている、ベテラン・セールスマン。 
 昨日もご多分に漏れず夕方彼から電話が入った。
 ワイキキから空港に行く途中に昔のドール・パイナップルの建物がある。今それがシグネデュアー・セアターズと言う映画館になっている。中にはなんと大小18もの映画館があるのさ。
 
 映画が終わると彼は必ず健太を食事に誘うんだけど、彼は大の「リキリキ・ドライブイン」ファン。以前ここの「サイミン」を紹介したことがあるけど覚えてるかな?
 ハワイの数多いレストランのなかでも、この「リキリキ・ドライブイン」が一番売り上げがいいと言われている。
 何時行ってもローカル客でいっぱいだ。
 ランチだと健太はサイミンとか軽いものを食べるけど、デイナーのメニューは決まって「チョップ・ステーキ」。
 「ハワイアン・チョップ・ステーキ」ともよぶけど、こいつがめっぽう美味い。細切れのビーフにトマト、セロリ、オニオンなど野菜がいっぱい。夕べはちょと肉が硬かったけど、バターとソイソースの味付けは何時も安定している。ここの創始者は日系二世、さすがに日本人に合った味付けだ。勿論ローカルもこのメニューが大好き、人気が高い。

 夕べの映画はジョン・トラボルタ出演の「Ladder 49」。
 消防士の過酷な姿を描いた感動の名作。チームのボスと言う難しい立場を演ずるジョン・トラボルタの演技が光っていた。

 *「ハワイアン・チョップ・ステーキ」が正式な名称なので、タイトル変更しました。
 
choped_steak.JPG

| | Comments (8) | TrackBack (0)

パールハーバー/真珠湾

 ハワイ大学に行くと、ハワイ日系新聞の古いものがそろっている。
 日布時事もその一つ。

 ハワイにいながら真珠湾攻撃のことを知らないのも恥ずかしい気がして、健太はもうかれこれ10年ほどそんなことを調べている。
 当時の日布時事には、「1941年3月27日、新田丸に乗って『森村正、一等書記官』がアロハタワー8号桟橋に到着した」と報じられている。
 森村正。本名は吉川猛夫、当時の位で海軍少佐。27才独身。日本軍は彼を真珠湾攻撃のためのスパイとして、ハワイの領事館に送り込んだのさ。
 森村は着任後一切仕事らしいことはせず、いつも飲んだくれていたそうだ。当時のハワイ日系人は日ごろの行いに対して非常に厳しかったので、彼の評判は悪かった。実はそうして人の目をくらませていたのだ。
 そして裏では日系人部下、「琴城戸(ことしろど)」を連れてはてタクシーに乗って真珠湾に艦隊の様子を見に行っていたりしている。
 彼にはお気に入りの場所があった。スクールストリートの山側にある「春潮楼」現在の夏の家。ここでも森村は連日浴びるように酒を飲んでいたと言われている。
 実はこの「春潮楼」の二階からは真珠湾の光景が手にとるように見えるのさ。ここから森村は真珠湾の艦隊の様子を見守っては、何処に何隻戦艦がいる等と逐次日本側に報告をしていたってわけだ。
 
 アメリカ軍はその時既に、森村が日本軍のスパイだと言うことをお見通だった。
 アメリカ側の文献を読むと、森村が1941年3月27日にアロハタワーの8号桟橋に着いたときから、テッド・エマニュエルと言う男による尾行が始まっていたのさ。
 
 真珠湾攻撃が1941年12月7日(日本の日付けでは12月8日)。
 アメリカ軍は日本軍の無線を傍受。森村の報告ばかりではなく、日本軍のほぼ全ての情報を暗号解読官アグレス・マイヤーにより手中に収めていた。
 日本軍の真珠湾攻撃計画を知った彼らは、その時既に空母などメイン艦隊を太平洋に逃がしていたんだ。
 
 写真下が森村正、一等書記官。なかなかのハンサム青年だと評判だったそうです。
 真ん中が「春潮楼(現・夏の家)」。
 一番上がそこから見下ろした、ホノルル空港や真珠湾。
 
 「夏の家」は今も日系人の誕生・還暦パーテイーなどで賑わっている。

natsunoya_view.JPG
Natsunoya.JPG
scan.jpg

| | Comments (10) | TrackBack (0)

October 01, 2004

昨今のアメリカン・スッチー

 何の変哲もない二枚の飛行機の写真。
 しかし今、一般の人はホノルル空港のこの場所、この角度からなかなか写真を撮らせてもらえない。911以降すごくうるさくなったのさ。
 でも、今回は特別とんまに頼んで撮ってもらいました(とんまも会社に頼んだみたい)。

 スッチーたちも以前に比べるといろんな面で大変だね。
 まず時間給が下がった。以前と同じだけ稼ごうとすると、飛ぶ回数を増やさないといけない。 
 とんまは以前、ほぼ週一日本往復していればそこそこの給料を手にしてたけど、今はそれプラス月1.5回は飛ばないと同じ収入が得られない。
 健太の肩の手術でとんまもゴルフから大分遠ざかっているけど、時には週に3回行っていたゴルフが今は月一がせいぜい。
 有給休暇もずいぶん減らされた。かつては一年のうち3ヶ月は休暇で遊んでいたとんま。いまや2ヶ月くらいしか休めない。つまりそれほど余暇が少なくなったのさ。
 とんまは何時も言っていた。
 「スッチーと乞食は3日やったら止められない。いや乞食に教えて上げたいほどいい仕事!」
 「健太もホテルなんか止めて、うちで働きなよ、、」
 
 当時とんまの会社ではしょっちゅう、フライトアテンダントを募集していた。
 今考えるとあの言葉に乗らないでよかったと思う。あの頃採用された従業員は皆整理されたり自宅待機になっているからさ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« September 2004 | Main | November 2004 »