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May 31, 2008

ハワイに住んじゃうには、、、

Imgp0556こんな青空を見て毎日暮らしたいですか?

 4日にはひとまずハワイに帰れそうです。
今回は兄貴も一緒に来てくれて、おっかさんの散骨をする予定なんだけど、
本人の希望ではあっても、まるで墓もなくそんなことで良いのか、ちょっとばかり気になる。
もちろん前から「健太もハワイの海に撒いてもらうことになってる」、
っておっかさんにも話してあったから、
ま、親子ハワイの海に眠るんだからそれが一番良いのかもしれない。

 今回の日本滞在、おっかさんのこともあったけど、
いろんな人たちと会うことが出来たことも、とても大きな収穫だった。
しかしその中でかなりの人たちが、
「健太さんみたいにハワイに住みたいなー、、、」
なんて言ってた。

 健太がハワイに行ったころはまだまだアメリカのイミグレーションも適当で、
比較的簡単に永住権が取れた。
しかし今は、
1.アメリカ人と結婚する 2.アメリカにビジネスを立ち上げる 3.永住権を抽選で当てる。
この3つが主な永住権取得方法。

 でももし、ハワイで仕事に就かなくても良いなら、
観光ビザは3ヶ月間くれるので、3月ごとに日本へ帰ればハワイに住むことだってできる。
1.仕事をしないでも生活ができるほどのお金があればいい。 
2.ハワイにいながら他で(日本でもどこでも)稼ぐ。

 考えられるのはこの2.。
なにしろこんな世の中だ、何も日本にいなくたって、
「インターネットで稼げぐ」って言う方法もある。
それだったら世界のどこにいても生活はできるよね?
しかし、ネットで金を稼ぐのはそれほど簡単じゃな。
ネットショップなんかもそれで生活できるほど稼いでいる人たちは、きっとごく一部の人たちだろうね。
結局最後は資本力がある、
何か特殊な能力がある、
あるいは良い商品を持っている、ってことが必要だろう。
とは言うもののネットなんて高々10年程度の歴史。
まだまだいくらでも稼げるヒントが、あの中にはごろごろ転がってると思う!

 賢い皆さんのこと、
そんなアイディアがきっと簡単に見つけられるんじゃないでしょうか、、。


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May 30, 2008

アローハ、富士山。ハワイの健太です!

Imgp1072えーっ!プロペラ機かよ!
Imgp1081海岸線に寄せる白い波が見える波。
Imgp1083かすかに富士山は雲の上に頭を出していた。
Imgp1086「プ、プロペラが止まちゃった!ど、どうしよう!!!」

 昨日名古屋中部空港・セントレアから成田へ向かった。
実はとんまはもうとっくにハワイに帰っていて、サンフランやLAに飛んで仕事をしている。
そのとんまが昨日珍しく成田にフライトでやってくるので(米本土が最近の主なフライト先)、
成田で待ち合わせたって言うわけだ。

 フライトはANA-3204、デパーチャーは午後2時40分。
2時20分ころ待合室でアナウンスがあって、
滑走路の飛行機までバスに乗らされた。
3、4分乗っているとやがて一機のANAの機材の前に止まった。
<おやっ?>
一瞬自分の目を疑った。
<プロペラ機じゃないか!>
でもここ何年もプロペラ機に乗っていないのでなんだか嬉しくなってきた。
天候はというと曇り。
席は窓際2Aで、前から2番目。
ロードはぱらぱらと空席はあって、約90%程度。
<天気さえよければ素晴らしい景色が見れるのに、、、>

 プロペラ機だからエンジンの音がうるさい。
「ぶんぶる、デルデル、グログン、、」そんなことを言いながらやっと上空へ、、、、。
上空は比較的天気良好だった。
眼下の景色は棄てたもんではない。
しばらくはまるで日本地図を見ているような東海道沿岸が見えた。
<伊能忠敬さん、あんたの地図は見事にこの国の形を再現していたね、、>
そんな思いで海岸線をじっと見つめていた。
かすかに白い波が押し寄せているのも見える。

 やがて富士山が見え始めた。
「アローハ、富士山。ハワイの健太です!」
と思わずご挨拶。
うーむ、
しかし残念ながら頭を雲の上に少し出しているのが見える程度だ。
それでもブロガー精神逞しく抜け目なくそれをカメラに収めようとする健太。
「パシャリッ!」
と、ところがどうだ写真を見ると、
<わー!プ、プロペラが止まっちゃった!
ど、どうしよう!>


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May 29, 2008

ハワイでまた会おうね!

Imgp1065何時も元気で明るいばってんさん!ここで名古屋で1、2を争う美味いラーメンを作っている!
Imgp1066明日から6月8日まで開催される銀粘土アクセサリー、Az Art Studio作品展の作品の一部。場所は半田図書館前、Do Living Isseido。

 皆さん、いつも沢山のコメント本当に有難う。
元来怠け者の健太としては時にはさぼりたくなるけど、
こうして欠かさず健太を読んでいて下さっている皆さんのことを考えると、
出来るだけアップしなければと思う。

 さて、そのコメントを下さる方の中に、
「ばってんさん」という人がいる。
名古屋駅から車で7、8分のところに「ラーメン赤座」っていう美味いラーメン屋さんがあるんだけど、
そこが彼の店なんだ。

 今健太は愛知県半田市の兄貴の家に来ている。
半田と名古屋は目と鼻の先、ここまで来れば何とか名古屋まで出て、
あの「赤座」のラーメンを食べたい!
いくらなんでもこのまま「赤座のラーメン」を食べずにハワイに帰ってしまうのは、
余りにも悔しい、、。
今朝そんな話を兄貴にしたら、
「俺もそのラーメン食いたいなー、、」ってことで、
早速兄貴の愛車トヨタ「ファン・カーゴ」を飛ばして一路名古屋へ向かった。

 朝のうち降っていた雨も午後にはすっかり上がって、
快適に飛ばす「ファン・カーゴ」は1時間後颯爽と名古屋市内に入って行った。
最後に名古屋に来たのは確か2年程前、
ホテルの営業で来たのでめっぽう忙しい滞在だったと記憶する。
あの時はまだ工事中だった名古屋駅前のトヨタビルもすっかり完成していて、
街の景観は大きく変わっていた。

 西区万代町。
そこに「ラーメン赤座」はある。
店の前の赤座専用のパーキングに止めて店内に入る健太と兄貴。
「いらっしゃーい!」
カウンター内から威勢の良い声が聞こえた。
ばってんさんだ!
「アローハ!」
健太も負けずに威勢良く挨拶。
「あっ、け、健太さん!」
カウンターはいっぱいだ。
角のほうの席に座る健太と兄貴。
カウンター内にはかいがいしくばってんさのヘルプをする、
とても美しいあの奥さんの顔もある。
「味噌ラーメン2丁お願い!あっつ、それとビールもね!」

 ばってんさんとても美味しい味噌ラーメン有難う!
兄貴も健太も心から赤座のラーメン、エンジョイさせていただきました。
これで思い残すことなくハワイに帰れます。
ハワイでまた会おうね、ばってんさんそして奥さん!
 
 明日から1週間(5月31日~6月8日)、
銀粘土アクセサリー展が半田図書館前、Do Living Isseidoにて行われる。
これまた超美人の、畔上朝子先生ほか7名の若い女性作家達による斬新なデザインの作品展だ。
お時間のある方は是非お立ち寄り下さい。
畔上先生が待っています!
実は健太、コネで一日早く作品展を覗かせていただいたけど、
作品を見た健太、
「うーむなるほど、これは素晴らしい!」
と思わず声を上げてしまった。
見てくれ、その作品の一部を(上の写真)!

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May 27, 2008

ワイメアベイ・ビーチの飛び込み岩

Imgp0728ノースのワイメアベイ・ビーチ。
このビーチにはでっかい岩が中央にあって、ご覧のようにそこからみんなジャンプする。

 昨日はおっかさんの幼少時の写真を見ていただいた。
今日はそのおっかさんの話しを少し、、、。

 おっかさんは女学生(新宿・精華学園)の頃、明大前に住んでいた。
水道道路が甲州街道にぶつかる少し手前の角が彼女の家。
今はそこは幼稚園になっている。
その家の脇道を暫く行くと、M大野球部の練習グランドがあった。
健太の親父は当時M大野球部員。
その道を通ってグランドに通っていたんだ。

 そこで大きな間違いが起きてしまった。
親父はそのおっかさんの姿を垣根越しに見て一目惚れ、
あらゆる手を尽くしておっかさんに接近したのだ。
まだ女学生だったおっかさんは甚だ迷惑だったらしい。
「大学を卒業したら一緒になってくれ!」
親父は執拗なまでにおっかさんに結婚を迫った。
当時おっかさんの親父は警視庁の検死医。
厳格な人でなかなかOKが出なかったそうだが、結局親父に押し切られる形でゴール。
兄の健一と健太が生まれた訳だ。

 親父は子煩悩で、兄貴健一が生まれると没愛した。
兄健一は生まれながらに頭が良かったらしく、親父の教えることを簡単に何でも覚えて、
何と3歳にして新聞を読んでいたという伝説がある。
やがて健太が生まれるが、当時の社会情勢は最悪だった。
昭和18年に時の大将山本五十六が東南アジアで戦死すると、
太平洋戦争は最終局面へ足早に向かっていった。
日本軍はアメリカの終わりを知らない猛攻撃に次々と破れ、
次に打つべき十分な手段も武器も持たなかった。

 そんな時親父に赤紙(召集令状)が来た。
親父が赴いた戦場は中国。多分ハルピンあたりだっただろう。
そこでも既に戦局は日本軍に取って決して有利とは言えなかった。
戦友が次々と戦死して行く中、親父はしぶとく生き残った。
ここに一通の手紙がある。
戦地の親父から我々宛に送られてきた手紙だ。

 「ママ、そして健一、健太。元気かい?
私は元気でこの中国で頑張っている。
こんな時なので手紙も今迄送れなかったけど、
幸い内地(日本)に向かう人がいるのでこの手紙を託そうと思っている。
毎日のように、私の周りの戦友は亡くなって行くけれど、
私は決して死なない。必ずママ達の元へ帰る。
戦況は一進一退、しかし絶対日本は勝つ!
勝って元気に内地の土を踏むので、
それまで健一も健太もママのう言うことを良く聞いて、仲良く私の帰りを待ていてくれ、、、」

 感激の一通だ。
そしてこの手紙が届いた3月後日本は敗戦、親父は無事日本に帰ってきた。
幸せがまた健太達の家庭に戻ってきた。
親父は我々兄弟を本当に可愛がってくれた。
彼は学生時代、M大の名ピッチャーとしてその名を残していて、
噂によるとメージャーリーグからの誘いのあった、日本人第一号選手だとも聞く。
忘れもしない、あれは当時アメリカの大リーグ、レッドソックスが日本へ来た時、
親父は健太をその観戦に連れて行ってくれた。
当時のレッドソックスは本当に赤い靴下を履いていて、そのチーム名の由来を親父から教わった健太は、
子供心に深く感激したのを今でも覚えている。
しかしその時親父は、傍らにいた一人の若い女性を健太に紹介した。
目鼻立ちのはっきりした背の高い綺麗な人だった。
不思議な物でその時健太は子供心にも、
え言われぬ警戒心をその女性に持ったことを今でも忘れない。
それから数ヶ月経って、
親父は家に帰ってこなくなった、、、。
その女性の処へ親父は行ってしまったのだ。

 あれからXX年。
その親父もおっかさんも既にこの世にはいない。
おっかさんが旅立った時、
人々は言った。
「本当に穏やかな顔だね、、、、。
大変な人生だったけど、
考えてみたら素晴らしい人生だったんじゃないのかい、
良い子供達に恵まれて、、、、」

 


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May 26, 2008

ハワイ旅行15万円は適正価格か?

Imgp1061幼少時のおっかさん。上から2段目、右から3人目が健太のおっかさんの幼少時。今これにそっくりなおっかさんの孫が半田にいる。クリック=大!
Imgp0514エバビーチに眠るあるサーファーの標。おっかさんもこんな感じにしてあげたい、、。

 デジカメのケースを紛失した。
多分ネットカフェか何処かで落としたに違いない。
そんな訳でずっとケースを買おうと、あちこちで探していた。
秋葉原、大型電気店、スーパー、100円ショップ(100均)など、
気に入るのが見つかるまでうろうろ、、。
結局秋葉原のセールので300円のものを一つと、100均で一つ。
他店の値段はと言うと、大型電気店、スーパーも大体秋葉原と同じ程度で、
セールだと300円から800円、正価だと1500円から2000円くらい。
まさにピンからキリまである。

 でも不思議なのは、メーカーのそのカメラ用に作られたケースは兎も角、
他のものの品質は100円だろうが1000円だろうが大差ないこと!
これはハワイの田舎っぺには何とも解せない。
第一100均で買った本皮の奴はとても手触りがソフトで、めっぽう使いやすい。
見た目も2000円のものと何処が違うのかよく分からない、、。
カメラケースばかりじゃない。
一体この国の値段の付け方ってどうなってるんだろう。
100円のものは100円の価値だけ、1000円のものは1000円の価値だけ。
それが自然ってもんじゃない?

 昔刀鍛冶に、「本阿弥光悦」なる人物がいた。
光悦は現代においてその「書」であるとか「黒楽赤坂茶碗」また「蒔絵」などで知られている。
しかし彼は生涯に亘って最も好んだのは茶の道だった。
ある日彼はとても気に入った茶入れを見つけた。
しかしその値段は何と黄金30枚と、とても高価だった。
光悦は明けても暮れてもその茶入れのことばかり考えていた。
そんな彼の執着と金策に苦慮する姿を見ていたその茶入れの持ち主は、
余り気の毒に思って、
「光悦さん、あなたがそれ程お気に入りでしたら、黄金20枚にまけて差しあげましょう!」
と言った。
それを聞いた光悦、
「何を言う!この茶入れは黄金30枚の価値が十分あるもの。なんで20枚では買えるものですか!」
と、突然怒り出したそうだ。

 やっとの思いで黄金30枚を工面してその茶入れを手に入れた光悦、
その茶入れを見せに同好の前田家に行った。
前田家の殿様もその茶入れが大いに気に入って、
「光悦、如何だろう、白銀300枚でそれをわしに譲らんか?」
と言ったが、光悦はにべもなく断って早々に引き上げた。
白銀300枚と言えば黄金30枚より当然高額である。
帰宅した光悦は母親の妙秀にその話をすると、
「よくぞ断った光悦!もしその方が銀子300枚でその茶入れを譲っていたならば、
お前は生涯、茶の道を楽しむことは出来なかったであろう」
と言ったそうだ。

 つまり、ものにはその価値に見合った値があって、
それはそのものの価値より、
決して高くもなければ安くもないと言うのがこの話の言わんとするところ。
更にそれを推し進めて考えれば、
「茶道」とは「人の道」であり、人間の生き方、
ものの考え方はどうあるべきかを物語っているように思われてならない。

 

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May 25, 2008

アラワイ運河の向こう

200509230935101アラワイ運河。この運河の向こう側に住んでいたのが1年前。なんだか昨日のことのようでもあり、遠い昔のことのようでもあり、、、。

 もう少し日本滞在が続きそうだ。
早くハワイに帰りたくもあり、もう少し日本にいたくもある、、、。
いずれにせよ、そろそろ帰りにハワイへ持って帰る物の買い物もしなければならない。
なんと言っても食べ物が主になりそうだ。

 おっかさんの家の庭には「どくだみ」が沢山植わっている。
おっかさんが植えたのか自生のものなのか、そこのところはよくわからない。
ハワイで健太はその「どくだみ茶」を飲んでいる。
はと麦とかその他のハーブが入っている市販のもの。
しかし今回はそのおっかさんの家の庭にあった「どくだみ草」を乾燥させて、
ハワイに持って帰ろうと思っている。
植物はアメリカ入国の際植物検査をしなければならないが、
「乾燥どくだみ」はもちろんフリーパス。
ハワイでもドンキなんかで売っているからね。
とにかく植物は、種とか土がついているとかは持ち込めないのは、
皆さんもよくご存知だと思う。
 
 さてその他も食べのも、例えば魚。
こいつは生でも日干しでも何でもハワイに持ち込みOK!
とんまはよくアジの日干しなんか成田フライトで買ってきてくれる。
しかし我々素人考えでは、魚なんか持って入れそうもない気がしちゃう。
OKである理由は、「海はハワイにも繋がっているから!」という単純なもの。

 狂牛病、サーズ、鳥インフルエンザの関係で、
肉類はもちろん持ち込めない。
よって、卵製品、肉エキスなどもだめ。
だからインスタントラーメンは殆どだめだ。
でも不思議なのは、ハワイのスーパー
では堂々とそれ等を売っている。

 魚は海がハワイにつながっているからOK、って言うなら、
空、空気は世界中に繋がっているじゃないか!
その理屈から言えば、牛だろうが鳥だろうが、
何でも持ち込めるってことになりそうだけど、、、。

 日本滞在中のアップはすべてネットカフェで済ませているんだけど、
時には写真を取り込めないPCがある。
今日のPCが全くそれで、仕方なしに昔の「健太のなんちゃってサクセスストーリー」(未読の方はクリック!)a>から写真をコピーして拝借。
ま、自分の写真なんだから誰も文句はない筈だよね!

健太・インジャパン | | Comments (8) | TrackBack (0)

May 24, 2008

やっぱりハワイも一枚載せたい!

Imgp1024道標、「野菊の墓」「矢切の渡し」。
Imgp1028河川敷、江戸川ゴルフコース12番ホール。
Imgp1036ギッチラコッチラの船頭さん。
Imgp1035なんだか寂しそうだね、川鵜君、、。
Imgp1045帝釈天本堂。
Imgp1049帝釈天参道。ここに寅さんの「とらや」が軒を並べている。
Imgp1057帰りは上野からアメ横、そして秋葉原まで歩いてみた。
Imgp0811マカハ・ビーチパーク。やっぱりハワイも1枚くらい載せたいなあ、、(笑)。

 高校時代の親友が4人いる。
正確には「4人いた」ってことになる。
つまりそのうちの一人が去年旅立った。
忙しさにかまけて墓参りも行っていなかったので、
今回おっかさんのことやその他もろもろの合間を縫って、
今日、その彼にお参りをしてきた。

 場所はあの歌謡曲でも有名な「矢切の渡し」のすぐそば。
また、そのお寺は「西蓮寺」と言って、あの有名な小説「野菊の墓」の舞台になったところ。
そういえば高校生のころ我々4人の中でもあの小説は回し読みされて、
亡くなった「I 」も大好きだった小説のひとつだった。
確か映画にもなって、みんなで見に行ったと記憶する。
そんなところにあの「I」が眠ることになったのも、きっと何かの縁だろう。
「西蓮寺」は江戸川を千葉県側から見下ろす小高い丘の上にあった。
小さな寺ではあるけど、そんな訳でわずかに観光客もいた。
お参りを済ませた後、
たまたまそこを訪れていた同年輩と思われるNさんが
これから「矢切の渡し」を渡し舟でわたると言うので、健太も同行することにした。

 「西蓮寺」の高台を下りるとそこはもう江戸川の河川敷コースが、
緑いっぱいに広がっていた。
渡し舟乗り場はその12番ホールと13番ホールの間の細い道を入ってゆけば良い。
ギッチラ、ギッチラ、、
満員の渡し舟が向こう岸からやってきた。
櫓をこぐ船頭さんの見事櫓さばき。
そこには、
時空を越えた健太が江戸に向かう旅人であるかのような、
不思議な時間があった。

 矢切側からの乗客は少なかった。
船頭さんは少し先を指差して、「あの鳥が、川鵜ですよ!」
と言った。
川鵜と呼ばれるその黒いカラスのような鳥は、
えさでも探しているのだろう、濁った水面や向こう岸辺を見ている。
「船頭さん、今日の波はどうですか?」
誰かが聞いた。
「きついきつい!」
なるほど、船頭さんの腕にはかなり力が入っているのだろう、大きくその筋肉が動いている。

 向こう岸に着いた。
「葛飾柴又」、映画「フーテンの寅さん」の舞台になったところ。
そこには「帝釈天」がある。
帝釈天にはかなりの人出があった。
「私は足が悪くてね。どうか私の足を治しておくれ、、」
一人のおばあちゃんが水掛地蔵に水を掛けながらお願いしていた。
健太もお賽銭を投げてじっと目をつぶった。

 


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May 23, 2008

天国からのメッセージ

Imgp0926ある午後のパールハーバー、ニールブレジデル・パーク。

 こうしておっかさんが遠くへ旅立ってみると、あの頃の思い出のすべてがこの胸に甦って来る。 

 健太の少年時代・貧乏おっかさんの名言集

健太    「おっかさん、俺にパンツ買っておくれよ!」
おっかさん 「何言ってるんだい、男はパンツなんか要らないんだ!パンツを履くとオXンXンがむれて臭くなるよ!」

健太    「おっかさん、学校でジーパンっていう奴が今流行ってて皆がはいてる。
あれ、健太にも買っておくれよ!」
おっかさん 「馬鹿だね健太。あんな物は綿で出来た安物のズボンさ。お前のはいているのは、
お医者さんをやってたお爺ちゃんがはいていた高級ウールのズボンなんだ!」
健太    「でも、ぶかぶかだし、ほころびだらけだぜ、、」
おっかさん 「ふん、それだってちゃんと繕ってあるだろが。洗濯だってしてちゃんとあるから、何時も清潔だよ!それに昔から大は小をかねるって言うじゃないか。」

健太    「おっかさん、小使い100円くれよ!」
おっかさん 「なんだい?この前やった10円はもう使っちゃったのかい?」
健太    「10円なんかノートしか買えないよ、、」
おっかさん 「馬鹿言うんじゃない。ノートなんか買わなくたっていい!
おっかさんがこの前作ったメモ用紙(古い手紙などの裏)を使えばいいだろ。
10円ずつ毎月貯めておけば1年で120円にもなるじゃないか。
どうりでお前は算数の成績が悪いと思ったよ。そのくらの計算も出来ないのか、、、」

健太    「おっかさん俺、新聞配達して小使いを稼ぎたいんだけど、、、」
おっかさん「健太!これだけは言っておこう。元を正せばお前も武士の子。
そんな惨めな真似はするもんじゃない!新聞配達なんてものは下々のすること!」

健太    「おっかさん!何で俺のうちはこんなに金がないんだ」
おっかさん 「それが苦労というものなんだよ健太。『若いうちの苦労は買ってでもしておけ!』
って昔の人は言ったけど、お前は今その『苦労』に金を払ってるのさ。だから金がない!」

健太    「ご馳走様!」
       飯を食い終わった健太に、
おっかさん 「おい健太、米粒を粗末にするんじゃない。罰が当たるよ!
お百姓さんが一粒一粒丹精込めて作ったお米だ。茶碗についてる米、一粒残さずお食べ!」
  
 もしかして皆の中にも最後のお米の話では、親から同様に言われた経験はあるかもしれない。      

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May 21, 2008

やっぱりダイアモンドヘッドが見えるほうが、、、

Imgp0525遠くにダイアモンドヘッドの見えるエバビーチ。この辺もおっかさんが喜ぶところかもしれない!

 「Kさんのご主人は団塊の世代って言うの?私たちより一回りくらいは上じゃない。
だからほら、昔流行った『さだまさしの関白宣言』みたいな人で、
Kさんに何でもやらせて自分は何もしないのよ!」
「そうね、私たちの年代のご主人には、そんな人が多いかもしれないわね!」

 健太ととんまが先週青梅線に乗っていたときの、向側に座っていた2人のおばさんたちの会話だ。
会話は続く。

 「でもさ、私たちって大体そうしてご主人たちよりも一回りとか、年下じゃないの。
その『関白亭主』って言うのが気に食わないでしょ!」
「そう!私たち年代の考え方はでは、夫婦は平等。
互いに助けたり助けられたりじゃなきゃたまんないわよね!」
「でね、Kさん、時々あんまり頭に来るんで、
『先に死んで化けて出てやろうかしら!』なんて言ってるのよ」
「ははは、面白いわねKさんて、、」
「ところがそのKさんたら、
そんなこと言いながらそのご主人と2人で海外旅行かなんか行っちゃってさ!」
「なによそれ!」
「でしょ?本当に口ばっかりなんだからKさんたら、、、」

 健太ととんまはじっと耳を澄ましてその話を聞いていた。
夫婦なんて大体そんなものかもしれない、、、。
話はどんどん面白くなりそうなのに、
おっかさんが入院していた病院の最寄駅に電車は着いてしまった。

 そんな具合に日本、特に東京は、電車に乗っていると他人の生活が覗けて結構面白い。
健太ととんまは電車に乗って内緒話をしたい時はなるべく英会話に切り替える。
内緒話って結構楽しいじゃん!

 「Kenta ,look at that lady who is sitting down front of us.
Do you think her hat is match on her dress?」
ある日とんまが電車の中で向側に座っている女の子の帽子を見てそう言った。
「Oh yea! she has very bad taste!」
確かに彼女の帽子は、色と言い形と言い着ている服と実にアンバランスだった。
と、健太たちの隣に座っていた中年の男性が声をはさんで来た。
「Stop it you guys ! It`s not too nice!」
<いけねえ!そりゃ英語のわかるやつも時には乗ってるよな、、、(汗)>

 それからと言うもの、健太は一生懸命とんまに韓国語会話を教えている。
内緒話のできる言語は多いほど楽しい!
でもそれって(内緒話)あんまりよくないことかなあ、、、、


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May 20, 2008

でっかいことは良いことだ!

Imgp0668ノースのサーフボードショップ Surf & Sea。
Imgp0696同じくノースの、亀が集まるラニアケア・ビーチ。まだまだここには帰れそうもない、、、。

 夜中中雨雨雨、、、。
健太の実家はトタン屋根。
「パタ、、ポタ、、ピタ、、、」と、雨の音がじかに部屋の中まで聞こえちゃう。
何しろ健太が高校生の頃建った家だからね。
そんな夜だろうか、おっかさんが、、、出てくるのは、、、、。

 おっかさんは古い考えの持ち主だった。
特に経済観念は博物館的代物。
それと言うのも、
戦後のあの混乱期を男の子2人抱えて生き抜いた人だからに違いない、、、。
親父は某大手企業の社員だったけど、
健太が小学校の頃他に女を作っていなくなった。
それからのおっかさんの生き様は「すさまじい」の一言だった。
当時は女性の仕事など、皆無とまでは行かないまでも殆ど無いに等しかった。
縫い物や内職に明け暮れるおっかさんの姿に、
健太は一体どうしていいのか分からなかった。
そればかりか何故かそんなおっかさんに反発ばかりしていた。
その頃通っていた小学校は「お坊ちゃん学校」と言われるS校だったので(親父の見栄でそんな学校に入れられていた)、まわりは金持ちばかり。
健太の服はぼろぼろ、給食費も払えない。
もちろん靴は破れてたし靴下なんか履いていない。
おっかさんは殆ど健太たちに新しい身の回りのものなんか買ってくれなかった。
着ているのは他人のお下がりばかり。
「そんな服でも裸よりゃましだろうが!」
おっかさんは健太が新しい衣服をねだるといつもそう言って知らん顔をしていた。
親父もむごいよね、そんな状態でおれたちを放り出したんだ。

 そんな状態だから健太も兄貴も小中学生の頃の生活は、
思い出したくも無いほど悲惨なものだった。
学校ではもちろんそんな健太は虐めのターゲット。
しかし降りかかる火の粉は払わなければならない。
毎日喧嘩に明け暮れていた。
喧嘩には負けなかった。
健太が喧嘩に強いと知ったある時期から、
誰も健太を虐めようとしなくなった。

 中学生になりたての頃だった。
健太もそろそろ色気付いて女の娘を意識するようになっていた。
<Yちゃんだけにははかっこ良いとろを見せたい!>
何時もそうは思うものの、服はつぎはぎだらけ靴には穴が開いている。
ズボンはボロだけど何とか履いていた。
しかし、「パンツ」はもっていなかったので履いていなかった。
だからいつもズボンの下は風通しがよくて、「スースー」してた。

 ある日健太は校庭に出ようと、2階の教室を出て階段を下りていった。
下からは健太の心を弾ませているYちゃんが他の女生徒と上がってくる。
健太の下半身は何時もの様に「スースー」している。
パンツを履いていないからだ。
ふとYちゃんたちが下から健太を見上げて階段を上る足を止めた。
健太は大好きな女の子が止まってくれたので嬉しかった。
<あの娘、健太に気があるのかもしれない。きっとそうに違いない!>
何故かそう思った。
次の瞬間彼女たちが口元に手を当てて驚いた表情で健太を見ている。
そのうちにみんなクスクス笑い出した。
「よう、みんな。がんばってるか!」
そんな女の子たちの様子を尻目に、ルンルンの足取りで階段を降りてゆく健太。
でもなんだか下半身がやたらと、「スースー」、、、、。
過ぎ去って行く健太の後ろから女の子たちの笑い声がどっと沸いた。
<俺って、結構人をわらわせるのがうまいからなあ!>

 そう思いながら校庭に出た健太。
仲間たちを見つけて合流しようと寄ってゆくと、
一人がげらげら笑いながら健太のズボンを指差した。
「け、健太!チXポコが!」
言われるれるままに健太は自分のズボンを見た。
「ギャッ!」
悲しいかな健太のぼろズボンのチャックは、
一体何時壊れたのか大きく開いていたのだ。

 あー、哀れな健太君!
なんと、こともあろうに大好きなあのYちゃんの前で「チXポコ」をさらけ出してしまったのだ!
「健太、お前かっこいいなあ!」
仲間の一人が言った。
「、、、、、<なんのこっちゃ?>」
そいつの言葉、、、意味不明の健太。
「おめーのチXポコでっかいよ!」
「、、、ぐあっはっは!
そうさ、俺のは巨大だからよ、みんな驚いてんだろうなー!」

 多少エグザジュレイト(オーバーに)してるけど、
本当にあった話です!

 さて、おっかさんが旅立って、
おっかさんのものをいろいろ整理していた健太と兄貴。
おっかさんの貯金通帳を開いた兄貴が突然叫んだ。
「おい健太、これを見ろ!」
震えるように兄貴の開いた貯金通帳には、、、、、、。

 <おっかさんたら、
子供の頃健太や兄貴にズボンもパンツも買わないで、
長年にわたってこつこつと、、、、
こんなに沢山残してくれてたんだ、、、、>

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May 18, 2008

ハワイでお化けを見たんだって?

Waikiki11970年ころのワイキキ。あの頃はカラカウア通りもご覧のように両側通行だった。ハイライズのホテルもほとんどなかったね。

 おっかさんが目を真ん丸くして言った。
「クリさん、お化け見たんだってねえ。あんたの手紙を見て驚いたよ!」
「そうなんだ。ハワイにはお化けがいるみたいだぜ、兄貴!」
あれはもう40年ほど前の話、
ハワイから帰ってきた健太家では久しぶりに親子団欒、
健太のハワイの土産話で花が咲いた。
あの時は健太がハワイから帰って来たってんで、
兄貴もでわざわざ名古屋から東京の実家に戻って来てくれたんだ。
「そんな馬鹿な!
そう言う非科学的なことを言ってるお前たちのおつむの中身、
一向に進歩してないぜ。とにかく俺はお化けとか幽霊とかは一切信じない。
クリもきっと悪い夢を見ただけのことさ!」
工学博士としての面子もある。兄貴はそうした話には一切乗ってこない。

 「健太の何ちゃってサクセスストリー(未読の方はここをクリック!)」を読んだ皆には、
そのお化けの話し、覚えていてくれてると思う。
健太たちのドラマーだったクリは高熱を出した夜、本当にお化けを見たらしい。

 おっかさんはあん時、そのクリの話がよっぽど気になったらしく、
何度もその時の状況を健太に聞き返した。
そうしたおっかさんのその目は、むしろ輝いていたと言っても良かった。

 「健太、健一!それじゃあこうしようよ!
あたしたち3人の中で、一番先に死んだ者が、
ほかの2人のところにお化けになって出てくることにしようじゃないか。
そうすればお化けが本当にいるかいないか証明できるだろ!」

 おっかさんが旅立って今日で4日経つ。
おっかさん、約束をちっとっも守ってくれていない、、、。

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May 17, 2008

ハワイの田舎者の東京での驚き!

Imgp0961品川駅中で食べたぺペロンチーノ。にんにくが利いてて、めちゃ臭くてめちゃ美味かった!

 健太やとんまはハワイの田舎者。
でもそのハワイの田舎者は「東京は本当におかしな街だね」って、
いつも話しているの知ってる?

 今日二人で京急の品川駅で山手線に乗り換えようとして連絡階段を下りようとしたら、
ちょうど山手線のホームに電車が入ったらしく、
客が一斉にその幅8メートル程の連絡階段を横並びいっぱいに勢い良く上って来た。
健太もとんまも階段を下りようとしているのに、
上ってくる客に阻まれてなかなか降りれない。
困っている健太ととんまにまるで「お前ら邪魔だ!」、
と言わんばかりに客たちはどんどん上ってくる。

 また駅などのエスカレーターでは健太ととんまが2人横に並んで乗ることは出来ない。
左側によけて縦列に並んでいかなければならない(関西では反対側と聞く)。
右側の空いた場所を急いでいる連中が歩いての上ってゆくのだ。
中には走って上ってゆく奴もいる。
でもあれってとても危険な行為だ。
特に東京駅の地下5階からのエスカレーターなどはその勾配はきつい上に、とんでもなく長い。
エスカレーター会社は絶対あんなこと奨励しない筈だ。

 そのエスカレーターに乗ろうと人ごみの駅の構内なんかを歩く時、
いつもとんまに先に歩いてもらう。
とんまの靴のかかとを踏んじゃいけないと思うので、
ほんのちょっと間をあけて歩く。
でも、そのほんの僅かの間隙に決まって誰かが割り込んでくる。
急いでいるのはわかるけど、たった30センチ先に行ってどうしようって言うんだろう。

 混雑している電車がホームに入ってくると人を押しのけて先を急ぐ。
押しのけるくらいなら良いけど「ドカン!」とぶつかって来て、
「ごめんなさい!」も言わずに去ってゆく。
大の男が思い切ってぶつかって来た時なんかは、
こっちがとても痛い思いをさせられちゃう。

 健太ととんまは仲がいい。
いつも互いの手を握りながら街を歩いている。
すると通リすがりの奴らが変な視線で健太たち2人を見る。
<いい年しやがって!>
そんな視線だ。
大抵そいつらは中年男の場合が多い。
 
 こんなことに違和感を感じるってことは、
やっぱり健太たちはハワイの田舎者なんだ。
でも、もう少し日本のみんなに「余裕」を持ってほしいと思うのは、
きっと健太たちだけじゃないと思うんだけどなあ、、、。


 

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May 14, 2008

ノースの海が良い?それとも、、、

Imgp0701とある別荘の合間から見るノースの海。
Imgp0711この当たりが良いかなあ、、、。
Imgp0502エバビーチ。この辺は静かでとてもきれいだよ、おっかさん!

 おっかさんは素晴らしい未来へ向かって、
昨日の夕方旅立ちました! 
もう何年も前からおっかさんは言ってたっけ、、、
「私に万が一のことがあったら、ハワイの海に私の、、、」
親子だね、おっかさんも健太と同じことを望んでいたんだ。

 <おっかさん、ワイキキはいやだよね?ノースとかハナウマ湾とかがいいだろ?
それともエバビーチかなあ、、、、?>

 今の様子だといつハワイへ帰れるかわかんないけど、
すべてが整理できたらおっかさんをハワイに連れて行って、
おっかさんの大好きだったハワイの海へ、、、、。

 皆さん、激励の言葉本当にありがとうございました!

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May 13, 2008

しばし別れのダイアモンドヘッド様

Imgp0935滑走路からのダイアモンドヘッド。
Imgp0938しばし別れのダイアモンドヘッド様!
Imgp0940ビジネスクラスの前菜。
Imgp0943成田エクスプレス車内。

 突然ですが、今日本へきています。
5月だと言うのに結構寒いね!
晴れ男健太の面目丸つぶれのこの雨にも参ってます、、。

 「あたしの時計捨てちゃったんかい?」
おっかさんがテーブルの上のものをひっくり返すように探しているのは、あの文字盤の大きな腕時計らしい。
3,4年前に健太が秋葉原で買った1000円の安物時計だ。
おっかさんが入院してから東京の実家の中が荒れ放題なので、
この2,3ヶ月の間に兄貴と大掃除をした。
その時にあの時計は捨ててしまった。
「また買えばいいだろ!安物だったんだあの時計、、」
「健太!あんたそんな調子だからいつまでたっても金が貯まらないんだ!たとえ1000円と言えども、、、」
あれほど腰が悪くて歩けなかったおっかんがこうして元気で家の中を動き回っているのには驚きだ!
第一ストロークで言語障害だったはずが、こんなに昔のように小うるさく叱って来るなんて、、、、。

 11日、日曜日午後。突然ハワイの健太の家の電話がけたたましく鳴った。
「健太、俺だ。さっき病院から電話で、この1日2日が山場だって言ってきた!」
「えっ?」
「俺はすぐS病院に直行する。お前もできるだけ早く、、、」
電話の主は半田の兄貴からだった。

 XX-879便のファースト・クラスは満席だった。
仕方なくビジネスに何とか滑り込んだ健太ととんま。
ビジネスもほぼ満席。
ビジネス客半分は白人、半分は日本人だろう。
<景気が悪いと言いながらファーストやビジネスが満席になるなんて、いったいどうなってるんだ、、、>

 「でも健太、やっぱり健太の夢、虫の知らせだったんだわね!」
11日、日曜の朝起きてすぐ夕べ見た夢の話をとんまにしたばかりだった。
「この3,4週間、ずっとおっかさんの夢を見てたからなあ、、、」
確かに虫の知らせだったに違いない。
こういう時の健太の夢は必ずと言って何かがい起こっている知らせに間違いはない。
到着した成田空港は雨だった。
車窓を走る成田の田園風景を健太はぼんやり眺めていた、、、。

 「おっかさん!」
おっかさんは苦しそうに瞬きもせず上を見ている。
何度も呼びかける健太ととんま。
かすかに健太の姿が見えるのか、時々わずかな反応をする。
婦長さんが入ってきた。
「何とか間に合ってよかったですね!」
「よかったまだ大丈夫ですよね!」
 
 さて今日は14日水曜日。
これから蒲田の実家からK駅にまた向かいます、、、。

 

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May 11, 2008

ハワイ新興リゾート・ハウス

Imgp0520_2開発が進むエバ・新興リゾートハウス地域。この辺りにアニー・エルス設計による18ホールのゴルフコースも出来る予定だ。
Imgp0933さっき寄ったパールリッジ近くのニールブレジデル・パーク。
Imgp0927このニールブレジデル・パークは真珠湾に隣接しているので向こうに戦艦が見えるだろ!

  ハワイの観光業が下火になっていることはここで何度も報告しているので、
ご存知の方も多いと思う。
またそれと同程度、そうしたことへのハワイ州やホノルル市の無策もあわせて報告してきた。
しかしここへ来てふとあることに気が付いた。
幾らなんでも州政府やホノルル市の無策はあまりにもひどい。
きっとそれには訳があるに違いない、、、、と最近思いはじめた。

 ハワイの第一の産業はもちろん観光業。
観光を無視してのハワイは成り立たない。
確かにそうかもしれない。
しかしこれほど世界経済が多様化し新興経済国が増えてゆく中、そうしたハワイのスタンスが一向に変わらないのはどこか不自然。
何らかの形で変わって行くのがむしろ自然な成り行きのような気がする。

 ハワイの不動産は皆さんもご存知の通りこの5,6年急騰しきた。
これに対する税収は莫大なものだ。
よって州や市は、観光客の減少で失ったものを十分にそれらで補えたにちがいない。
ところが右肩上がりだった売れ行きのグラフも、今や横這い状態。
物件の売れ行きは完全に鈍っている。
しかしその値段は一向に下がろうとしない。
これは何を意味するのだろうか、、、。

 そればかりか、毎週オアフ島をこの足で歩いている健太の目にやたら映るのは、
新興住宅地の開発だ。
ついこの前歩いたエバ地区では、今や下火になっているゴルフ場をも敷地内にもつ巨大なリゾートハウス・タウンの開発が進んでいた。
値段は50万ドルから高いものは100万ドル以上。
もちろんそんな値段じゃ一般ローカルにはとても買えやしない。
新聞ではそれらがローカル対象ではないと解説していた。
つまりセカンドハウス(別荘)として外部者に売り付けようとしているのさ。

 ハワイのホテルでも、観光客に来て泊まってもらうと言う時代は既に過ぎようとしているんじゃないだろうか。
どこのホテルもテロや天災などの不測の事態による業績不振を回避するため、
ホテルの部屋を切り売りしてしまおうと考えはじめている。
それがいわゆるタイムシェアーだ。
部屋を切り売りしてしまえば客室を埋めるなどと言う面倒なことは考えなくて良い。
後は何が起ころうが知ったこっちゃない。
切り売りして得た資金を他に投資して更に儲ける。
これぞ現代ビジネスの最たるもの!

 そこで冒頭の「政府の無策」の理由が何となく見えてくる。
もう政府は人数を追いかける一般観光客の誘致などと言う、まどろっこしいこと等やりたくないのだろう。
それよりも、業者任せで「リゾート住宅」の販売促進に力を入れれば、
労せずして税金として大金が転がり込んでくる。
もちろんそれもこれも観光客なしでは考えられないこと。
そうした住宅も彼らが買ってくれるからだ。
でもそれは、富裕層のみ対象にすれば十分な実入りが確保できるって寸法だ。

 考えてみれば、それは賢い。
いや賢く見える。
でも実はちっとも賢くない。
そうした「リゾート住宅」販売で税金を得て、州や市の財政は一時的に健全になるかもしれない。
しかし一般市民の生活はどうなる、、、。
リゾート住宅開発なんてどうせメインランドや日本の大きな資本が動いてるに違いない。
結局その連中が良い思いするだけで、我々ローカルの生活は一向に良くならないじゃないか、、、。

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May 10, 2008

オアフ島を歩こう!ビーチ・パーク編 No.16 ププケア・ビーチパーク

Imgp0893ププケア・ビーチパーク。
Imgp0896ビーチパークとしてはとても小さい。
Imgp0894手前の岩場がシャークス・コーブ、そしてその先がスリー・テーブル・ビーチ。


 16.ププケア・ビーチパーク

 ノースには7つのビーチパークがある。
今日紹介するのはその中の、「ププケア・ビーチパーク」。
そいつはノースの丁度ど真ん中にあると言っても良い。
この辺りで唯一のスーパーマーケット、「Food Land」の真ん前だ。
昨日行った「プウオ・マフカ・ヘイアウ」に向かって登るププケア・ロードの前でもある。
この辺りのカメハメハ・ハイウェーには、
サーフイボードの似合う、最もノースらしい景色があると言えるかも知れない。

 ププケア・ビーチパークはビーチパークとしてはあまりにも小さいので、
昨日写真で紹介したスリー・テーブル・ビーチもひょっとして一部なのかもしれない、
そしてまたその一部に、「シャークス・コーブ」と呼ばれる岩場がある。
そこに昔シャークが住んでいたのか、シャークの歯のように鋭い岩場の入り江なのか、
またその岩場の入り江を見ていれば、
今でも時にはシャークにお目にかかれることがあるのか、
名前の由来は良く分からない、、、、。
多分シャークの歯のように鋭い岩場の入り江、、と言う意味のような気がする。
それ程辺りの岩場は鋭く尖っている。
 
 健太の友達ムービーマンはこの辺りで高校時代をすごしている。
ノースの海はサーフィンの名所としても有名だけど、
その頃彼は、このノースの海に潜っては、
きれいな貝殻など拾い集めて、
カメハメハ・ハイウェーの道端で観光客に売って小使い稼ぎをしたらしい。
また当時は潜れば海の幸も豊富で、時にはロブスターも手掴みで獲れたという。
今ではもう遠くて懐かしい昔話だよね、ムービーマンさん、、、、(笑)!

  

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May 09, 2008

宿れ、究極のマナパワー!

Imgp0862ワイメア・バレーの入り口。
Imgp0867この入り江の奥がワイメア・バレーになっている。
Imgp0863ワイメアバレー内の小さなヘイアウ。
Imgp0869サンセット・ビーチ側から見たワイメアベイ・ビーチ。
Imgp0870ワイメアベイの隣の、スリーテーブル・ビーチ。3つのテーブルがあるビーチってこった。確かにあるよね、、、!
Imgp0873「プウオマフカ・ヘイアウ」はこの「FoodLand」の脇を登ってゆく!
Imgp0879「プウオマフカ・ヘイアウ」。オアフ島最大と言われるこのヘイアウ、話には聞いていたけど、得体の知れない何かを「ザワッ!」と肌に感じたのは、、気のせいだろうか!
Imgp0880無数の岩石が積まれて作られている古代ハワイアンたちの神殿。
Imgp0885ヘイアウ奥の断崖からの眺望。遠くカエナポイントまで見渡せる。

 午前中用事を済ませてふと時計を見ると既に11AM。
とんまは今日夕方サンフランに飛ぶ。
天気は、、、と言うと、少しヘイズが出てはいるものの、
何とか良い写真は撮れそう!
「とんま、これから直ぐノースに出かける!」
「えっ、今から?だってこれからじゃあノースに着くのが2時過ぎるわよ?」
「それでも良い。だって明日から週末でビーチは混むからね、、、」

 直ぐ出かけるたって最低のことはしなきゃならない。
とりあえず日焼け止めを塗って、健太特性の飲み水を作って、
カメラ3台、万歩計、バスパス、、、
色々用意するにも少しは時間が掛かる。
慌てて出かけたけど、結局ノースに着いたのは2時を少し回っていた。

 前回のノースはワイメアベイ・ビーチパークで雨に降られて、
やむなくそのままハレイワに戻って「ガーリックシュリンプ」を食べた。
そしてそのハレイワのバス停で、
「ヘイアウ巡り」をしてた「麗ちゃん」とめぐり合って、
「クアニロコ・バーシング・ストーン」のヘイアウにお供させてもらった。
あれは5月2日、丁度1週間前のこと。

 さて今日はダウンタウンから52番のバスに乗って、ワイメア・ベイ・ビーチパークで降りた。
ビーチパークは前回既に写真に収めてあるので、
今日はワイメア・バレー(谷)に行ってみることにした。
ワイメア・ベイ・ビーチパークを背に約1キロほどの谷を山の方に向かってゆく。
ここもかつて古代ハワイアンたちによって様々な儀式が行われたところ。
だからもちろん小さなヘイアウもある。
今から30年ほど前来たときはバレー内を解説ガイドつきバスが走っていたのでそれに乗ったけど、
どうやら最近は客が少ないのか、小さなギフトショップとグリルがあるだけだった。

 ワイメアバレーを出て、一路次のビーチパークに向かう健太。
ふとこの前会った「麗ちゃん」が話ていた、
「プウオマフカ・ヘイアウ」に寄ってみようかとひらめいた。
ワイメアから20分ほど歩くと左に「スリー・テ-ブル・ビーチ」がある。
そして更に暫く行くと右手にスーパーの「FoodLand」が見えてくる。
その「FoodLand」脇ププケア・ロードの坂道を登って行けば、
「プウオマフカ・ヘイアウ」の入り口が右手にあるはずだ。

 登り坂はかなり急だった。
そして蛇行している。
行き交う車が意外に多く、道幅が狭いので十分気を付けなければならない。
15分も登るとノースの海岸線が少し見下ろせる。
最高の眺望だ。
2、30分も登っただろうか、やっと「プウオマフカ・ヘイアウ」の入り口にやってきた。
ところがこの入り口からヘイアウまでがやたら長い長い、、、。

 やっと登りきったところには無数の岩石が積まれている広場があった。
これがヘイアウ「プウオマフカ」か、、、、。
確かに何か独特の雰囲気に包まれた場所で、
肌がピシッと引き締まるのを感じる。
一瞬何かが「ザッ!」と肌を掠めた気がした。
何かを祈らずにいられなかった。
<宿れ、究極のマナパワー!>
こんなところでは一体どうお祈りをして良いのか分かる訳はない。
でもとりあえず神棚らしきところにじっと手を合わせて、
そう強く念じる健太、、、、。

 ヘイアウの奥にはトレイルがあった。
そのトレイルを入って暫くするとぱっと視界が開けて、
崖っぷちに立たされた。
ひんやりとした風が健太の体を抜けた。
<ワーオ!>
思わず声を上げた。
眼下にはさっき歩いていたカメハメハ・ハイウェーが見えて、
ワイメアベイ・ビーチパークやバレーが一望に見渡せる。
はるか彼方にはカエナ・ポイント、
そしてモクレイア・ビーチの方まで見渡せる。
ここはこの辺りで一番高いところだ。
こうして高いところにヘイアウを建てた古代ハワイアンたちは、
夜になると満天の星の光を一身に浴びながら、
宇宙からのパワーをも集めていたのだろう。

 写真を撮りまくった後、
もう一度お祈りをしてヘイアウから出ようとした時突然雨が降ってきた。
健太がヘイアウを回ると必ず雨にあう。
いや、ノースに来ると毎回降られているんじゃないかな、、。
それも今回は大粒の雨。
びしばし腕や顔に当たって痛いくらいだ!
<ヘイアウにいらっしゃる神様、健太は何も悪いことしてませんけど、、、>

 「Hey, do you need a ride?」
と、その時坂を下りてきた白人の車が停まってくれた。
車を見るとシボレーの新車じゃないか、、。
「No thank you, I'm very hot, so I 'd like to be wet!」
もちろん乗せてもらう気なんてないけど、
こんな時乗せてもらっちゃ車を汚しちゃう。
ヘイアウの中は一面赤土だらけだったから、
靴がその真っ赤な土で泥だらけになっている。
 
 「FoodLand」に着くころには雨は止んだけど、
全身ぐっしょり濡れていた。
<健太さん、きっとあなた後で良いことがあるからね!、、>
そんな声が聞こえたような聞こえないような。
そう言えば昔、
何度かそんな言葉を掛けられた覚えがある、、、。


 


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May 08, 2008

ワイキキだけも相当数の人が職を失っている!

Imgp0782この日曜日にとんまと行ってきたアロハ・スタジアムのスワップミート。昔はローカル客が多かったけど、最近では観光客がその半数以上。なんていってもここは安いからね!
 
 アロハとATA エアラインの倒産そしてオイルの高騰により、
メインランドからの航空運賃も急上昇している。
3月には往復400ドルで購入できた航空チケットが、
この4月に入って700ドルから800ドルに跳ね上がった。
ご多分に漏れず先週のメインランドからの集客は昨年比、7.8%ダウンだったと言う。
またフューチャーブッキング、この夏の予約も同じ理由により大幅に減っている。
そんなことからHTA(Hawaii Tourist Authority)では300万ドルを、
緊急資金としてつぎ込むことを決定したと言う。

 それを受けて、
アメリカの大手旅行社プリーザント・ホリデーでは既に、
ウェストコースとからの客に479ドルでホテル5泊付きのパッケージ・ツアーを売り始めた。
ただし5月26日以前に申し込む必要があるらしい。
政府はハワイのホテル宿泊客から一律7.25%のホテル税なるものを徴収しているんだけど、
その34.2%、850万ドルをHTAが彼らの予算として受け取っている。
もちろん、日本人の観光客もそのホテル税、7.25%の税金は取られている。
HTAはハワイの観光促進のためにそれを使っているわけだけど、
果たしてそれらが有効に使われているんだろうか?

 日本のマーケットに関しては、
広告代理店「X通」がその宣伝活動を一手に引き受けいる。
日本マーケットへ一体今年はいくら予算が回ってるか分からない。
しかし健太は、最近この広告代理店のやり方がとても心配だ、、。
東京新橋の一等地にオフィスを構えて、
従業員もハワイと日本の両方で抱えている。
これだけでも大金が掛かるだろうに、、、。
それでもそのHTAからの資金が集客につながっていれば問題はないんだけど、、、。
 
 このブログで口を酸っぱくして何度も言って来てるけど、
1997年には日本からのハワイ観光客は210万人。
それがこの3、4年間ずっと130~140万人しか来ていないんだ、、。
それってピーク時の半分近い数字だよね!
理由は色々あるだろうけどハワイの日本人にとっては由々しき問題。
観光業に携わる人が圧倒的に多いからだ。
  
 例えば、1997年には210万人の日本人観光客のお世話するハワイの観光業スタッフが、
500人必要だったとする。
でもこの3、4年では130万人しか来ていないんだから、
スタッフは300人もいれば十分ってことになる!
大まかに見積もっても、
観光業に携わっていたハワイの日本人最低200人は、
職を失っているわけだ。

 一昨日ムービーマン御用達の和食「とらやレストラン」で、
観光エスコート会社の社長Aさんにぱったり会った。
「健太さん、私は引退する年にはまだずっと早いんですが、実質引退同然です。
だって今のワイキキにはお客さんが少な過ぎて、もうガイドもエスコートも必要ありませんからね、、、」
Aさん、笑ってはいたけど、その実切実な問題を抱えてるに違いない。

 「お客さん、観光案内しますよ。安くしておきます!」
先日ワイキキで健太の友達が、中年女性2、3人に声を掛けられたと言う。
旅行会社をレイオフ(解雇)になった人たちは、
なんとしても自分の手で仕事を見つけなければならない!

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May 07, 2008

健太式、英会話習得法

Imgp0789先週ムービーマンと見に行った「Iron Man」。どうもこの話、鉄人28号からアイディアを貰ったような気がする。鉄人28号が好きな方、是非見てください。とても良く出来てました!

 健太がハワイに来て英語で苦労させられたのは言うまでもない。
そこのところは「健太のなんちゃって、サクセスストーリー(未読の方はクリック!)」にも書いてあるけど、
もちろん英単語は日本の高校卒業までの間にある程度は覚えた。
とは言うものの、それはきっと最低限だったとは思うけどね、、(汗)。
だからはじめのうちは手当たり次第、
知ってる単語を並べて相手と意志の疎通をはかるしかなかった。

 初期の頃を思い出すと実に愉快!
I go.
You come!
I like!
You like?
Tomorrow I go your house.
I am hungry!

相手がよっぽどこっちを理解しようとしない限り、なんのこっちゃまるでわかんない。
まともなのは、「腹が減った!」なんて言う本能的なものくらいなもん。
あれで良く女の子娘を口説けたもんさ。
よっぽど相手がおかしな奴だったのか、
よっぽど健太に魅力があったのか、
よっぽど健太の本能がむき出しだったのか、、、。

 大分分かってきた頃ですら、文章がつながらない。
ぷつりぷつりとセンテンスが切れていた。
でも、
中で一番分からなかったのはいわゆる「時制」ってやつ。
中学でも高校でも習ったはずなのに、まるっきり理解できていなかった。
しかし良く考えてみると、無理もない話しだった。
だってそう言う文法、言い回しは日本語にはなかったんだ!

 「I have just finished my homework.=宿題を今ちょうど終えたところです」
この日本語間違いじゃないけどなんかはおかしい!
だって普段の会話では(特定の場合以外には)そんな言い回ししないよね?
「宿題やりました。宿題は終わりました=I finished my homework.」
だから健太の場合もそう言う会話になっちゃった。
しかし英語の場合前者の方が圧倒的に多い。
つまり彼らは「時間」「時刻」「時」には言葉の上で凄く重要視してるって事だ。

 それと複数の「S」も慣れないとなかなか身につかない。
何か郵便で送った場合、「4,5日で着きますよ」「4,5日で着くそうです」って言えば済むのに、
「It will take about 4,5 working days to be there」
じゃあ、面倒でしょがない!
第一日本人はついdays の Sを忘れて、dayって言っちゃう。
そういうのに慣れてないんだ、、、(汗)。

 更に「三単現」の「S」って言うのがある、、。
こいつも日本人にとって厄介!
He speaks English very well!
「何で『speak』じゃあいけないのかよ!」って思っちゃう。

 結局これは、
「えーと、「三単現」だからSをつけて、えー、「複数だから」、Sをつけて、、、!」
なんて考えてちゃ何時まで経っても駄目。
もうそうしゃべる癖を付けちゃうってこと。
最初のうちは付けなくて良いのに付けたりしちゃうけど(未だにちょくちょく、、汗)、それで良い。
そのうちに慣れてくる。
何のことはない英語族(英語をしゃべる連中)も別に文法に忠実なわけじゃない、
それが癖になってるからできるんだ。
どっちにしても、文法なんて後で考えた「こじつけ」さ。
後は臆せず堂々と、間違えてもいいから自分からどんどん喋ること!

 今述べた数点をクリアできれば、
君の英会話が1歩も2歩も前進すること、請け合いです、、(笑)!
 

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May 06, 2008

マナパワー。魂は、、、、

Imgp0812_3マカハビーチパークの山側の景色。左奥の緑の山はカマイレ・ウヌ。マカハは古代からハワイアンたちの地、、、、この辺りはマナパワーが強力に出ていそうだ。

 あーあ、今日のアップ今書いてたんだけど、全部消えちゃった、、(涙)!
内容は例の、「ホーキング博士」の著書3冊について。
ちょっと面白いアイディアが浮かんだので面々と綴ったのに、、、。
ま、仕方が無い、簡単にかいつまんでその「ホーキング博士」の話、
書きましょう、、、。

 ブラックホールと言う物がこの宇宙にある。
そこでは、この我々の考えられないことがいくらでも起きている。
この我々の住んでいる宇宙では、
エネルギー=質量X光速の二乗の公式から、
光より早く物体は移動できない。
しかし、そのブラックホール渦の中に巻き込まれると、
時空の違った他の宇宙へ一足飛びで行けて宇宙旅行が可能かも、、、と言うもの。
しかし勘違いしてもらっては困る。
人間や宇宙船はそんな事になったらばらばらになってしまって、
宇宙旅行など出来る訳がない。
もちろん宇宙船の中にいた君は死んでしまう。
唯一つだけ言えるとしたら、
体の一部の君の粒子は、何とか他の宇宙へ飛べるだろう。

 死んでしまっちゃ、何の宇宙旅行かわかんない。
だけど君の一部である粒子は、多分時空を超えられて、
時空を超えたその粒子が一体どれほどの大きさで、どれくらいの重さだかは分からないけど、
ひょっとして、他の宇宙の何かの生き物の口にでも入って、
その生き物に君の精神が宿ることもあるかもしれない、、(笑)!
現在、物質の最小の粒子は「クウオーク」と言う物。
その「クウオーク」には+とー(マイナス)があって、
人間がその+を見てからー(マイナス)を見ようとすると、一瞬ー(マイナス)は+に変わると言う。
「クウオーク」には人間の行動が分かっていて、それを感知して自分をかえると言う、
つまり彼らには「意思がある」ってことさ!
と何かで読んだことがある、、、。

 しかし良くある話だけど、我々の意思、
つまり魂は死んでしまったらどうなるんだろうね、、。
この前の「マナパワーのヘイアウ巡り」じゃないけど、
これほどこの世に沢山のそうした話(スーパーステーシャス)が蔓延しているって事実、、、。
そいつをまるっきり無視して良いのかなあ、、、。
超一流の物理学者「ホーキング博士」の著書にでさえ、いたるところで神の名が登場する。

 この何年かで、健太の周りの人たちがかなり消えていった。
その人たちの魂はどこへ行ったんだろうか、、、。
粒子がブラックホールの時空を通過して他の宇宙にいけるなら、
人間の「魂」なんて簡単に通過できるに違いない。
もしかしたら彼らはブラックホールの時空を越えてどこか素晴らしい他の宇宙で、
「地球の人たちは可愛そうだなあー、、、」
なんて思って見てるのかも知れない、、、(笑)。

 

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May 05, 2008

このハワイはどうやって出来たのか、、、

Imgp0816昨日行ってきたマカハ・ビーチパーク。
Imgp0831ノース、、、わー凄い波だ!
Imgp0857今読んでいるホーキング博士の著書3冊。

 宇宙が誕生して100億年から200億年経っているそうだ。
そんなに長い間経ってるなんて、、それって想像を絶する長さだよね!
しかしどうしてそんなに経っているのか、、、。
答えはいたって簡単。
100~200億年経って、やっとそれを人類が知ったからだ。

 今3冊の本を借りて読んでいる。
ホーキングの、
「ホーキング宇宙を語る」
「ホーキングの最新宇宙論」
「ホーキング未来を語る」、、。

 一冊目、「ホーキング宇宙を語る」を読み終えたけど、
うーむ、ホーキング博士としてはやさしく書いてくれてるんだろうけど、
半分しか分からない。
しかしこういう類の本は完全に理解して初めて「分かった!」といえるだろうから、
半分じゃあまるで分からなかったというに等しい、、(汗)。

 今2冊目の「ホーキングの最新宇宙論」へ移ったんだけど、
この著者のホーキング博士も、新しい著書を出すたびに多少内容、
主張が変化しているし、また素人にもより分かりやすく説明しようと努力している。
ホーキング博士は1942年1月8日オックスフォードで生まれた。
なんとその日は、あの「ガリレオ」が亡くなったピッタリ300年後だと言う!
彼はオックスフォードに在学中「筋萎縮性側索硬化症」を患い、半身不随になってしまう。
しかしそれでも妻や仲間に支えられて、
1979年、かつてニュートンが就いたケンブリッジ大学のルーカス記念講座教授と言う、
物理学者としては最も名誉ある地位に選出された。

 彼の研究では「ブラックホールの特異点定理や、その蒸発理論」が有名。
、、、、それだけじゃあ我々には一体何のことだかちっとも分からない!
どうやら、ブラックホールはあるに違いないと言うことは分かっていても、
それがまだ確実に証明できていないらしく、
殺人犯を状況証拠で捕まえたみたいなもの。
それを何とか証明しようとしているのだけど、
それはとりもなおさず、
「我々人間はどこから来たのか、、、」
「この地球、この宇宙はどのようにして出来たのか、、、」
そして、
「未来に一体何が起こるのか!」
そんな我々の素朴な疑問にきちんとした理論を元に、
なんとか、彼は答えようとしている。

 読めば読むほど迷路に入っていくけど、また読めば読むほど、
我々人間がこうしてここに存在することの貴重さ、尊さ、素晴らしさ、その価値を、
否が応でも再確認させられずにいられない。
そして彼ほどの偉大な物理学者ですら、、、、、

 神の存在を容認せざるを得ない、、、、。


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May 04, 2008

オアフ島を歩こう!ビーチ・パーク編 No.15 マカハ・ビーチパーク

Imgp0792マカハバレー・ビーチの出島。
Imgp0793振り返って見た「ナナクリ」や「コオリナ」方向。天気がいまいちだ。もしかしたら後で降られるかも、、、。
Imgp0819マカハ・ビーチパークのサイン。右後ろグリーンに連なるカマイレ・ウヌ・リッジ。
Imgp0813マカハ・ビーチパーク。皆それぞれ日曜のビーチを思いっきり楽しんでいる。
Imgp0825ただひたすら、皆で海を見る、、、。
Imgp0810筋肉自慢!ビーチバレーの練習をする少年たち。
Imgp0830向こうに見える建物が上の写真、少年たちの背景にも写っていた「マカハ・ショアーズ」。この辺り唯一のコンドかも知れない。

 15.マカハ・ビーチパーク

 ダウンタウンでバスを待った。
<遠出のバスのなかで52番のノース方面か、40番のマカハ方面、どちらでも先に来た方に乗ろう、、>
心にそう決めていた。
最初に来た遠出のバスは42番、エバ・ビーチ行き。
エバ・ビーチ方向にもまだ行っていない、
「ニミッツ・ビーチパーク」や「バーバーズ・ポイント・ビーチパーク」が有るけど、
あの辺は軍の所有が多いので、
ひょっとして入れないかも知れなから最後の方にまわそうと思っている。

 次に来たのは「マカハ・ビーチ」行きだった。
オアフ島のバスは、方面によって乗っている人種がそれぞれ違う。
52番(サークル・アイランド)はやっぱりローカルも乗っているけど観光客が多い。
何しろ$2で島一周できるんだから、白人も日本人もこぞってこれに乗る。
さて今日乗った40番マカハ・ビーチ行きは殆どがローカル。
それも、ハワイアン系か、フィリピーノ系が殆ど。
だからその中の健太は結構特異な存在かも知れない。
後ろに乗っている若い男が長々携帯で話している。
声がでかいので耳に入れたくなくてもつい入って来る。
「俺はFBIのアンダーカバー(私服刑事)じゃないか!そんなことが出来ると思っているのかよ!」
、、なんか変だよね、、。
アンダーカバーは隠れて捜査をするのが本来の姿。
そのアンダーカバーがバスの中で大声で「俺はアンダーカバーだ!」、、
何て普通言うかい??

 バスの外は晴れてはいるけど雲も多い。
何とか晴れ間を縫って良い写真を撮って帰りたい。
今マカハ方面には「エクスプレスC」っていう急行が走っていて、
そいつに乗ればフリーウェーを走ってくれて余計な街中は走らないからかなり早くつくけど、
健太が今日乗った40番は鈍行。
ダウンタウンから1時間半ちょっとかかって「マカハバレー・ビーチ」の前に着いた。
なんとものんびりした話だけど、
あちこちの景色も見れるし、こんな時は返ってこれが良い。

 実はこのマカハバレー・ビーチの手前には、
「ナナクリ・ビーチパーク」、「プウオフル・ビーチ」、「ウレハワ・ビーチパーク」、「マイリ・ビーチパーク」など、
数々の素晴らしいビーチが有るんだけど、そこはパスした。
ホームレスのテントが前回通った時今年2月3日のアップ。興味のある方はクリック&スクロール!よりも大分増えていたからだ。
特に寒かった今期のハワイの冬も過ぎ去った今、
彼らはまたこの地に舞い戻ってきているに違いない、、、。
ご存知マカハ地区は、ホームレスによる観光客殺人事件などもあった危険なところ、
多分健太には何も起こらないとは思うけど、取りあえず用心に越したことはない。

 マカハバレーのバスストップを降りると、まん前はマカハバレー・ビーチ。
そして角にはセブンイレブンがある。
昼は少し回っているけどランチはまだ。
スパムむすびとコーラを買って、そいつをぱくつきながら早速歩き出す健太。
日曜なのにマカハバレー・ビーチには殆ど人がいない。
写真は何枚か撮ったけど、
どうにも雲が空を大きく覆っていて良い写真が撮れない、、。
<このまま雨に降られるかも知れないなあ、、>
でもせっかくこうして遠くまでやってきたんだ、なんとしても良い写真を撮りたい。

 マカハバレー・ビーチのシンボルの出島は、
このバレーの上にあるマカハ・ウェスト・ゴルフコースや、マカハバレー・ゴルフコースからも良く見える。
確かウェストの17番パー3や、18番パー4、
マカハバレーの3番パー5や、4、5番パー4、からも良く見えたと記憶する。
そんな意味でも、この出島は辺りのランドマークといっても良いかも知れない。
3、40分西へ歩くとやっと目的の「マカハ・ビーチパーク」に到着。
さすがこの辺りメインのビーチ、大勢のローカルたちがそれぞれ思い切って楽しんでいた。
ギターやウクレレを弾いていたう者、バレーの練習をする者、カヌーを漕ぎ出す子供たち、
バーベキューを囲む家族連れ、、、みんな本当に楽しそうだ!

 暫く健太はビーチに座って待った。
何を待ったかと言うと、晴れ間を待ったのさ!
さっき歩いているときパラッと雨が来た。
しかし今その雲は一瞬途切れて、すぐ先に晴れ間が見える。
「Hey why don't you take my picture!」
カメラを構えている健太に、そばでビーチバレーの練習をしている男の子が言った。
「Yea,why not! He got a lot of muscles!」
仲間たちがその子をからかって笑う。
 
 なんともほのぼぼしたマカハ・ビーチパークの午後でした。
その後、足をケアアウ・ビーチパークへ向けた時またパラッと降ってきた。
どうやら今度はかなり降りそうだ、、。
<残念だけど今日はこれで帰ろうか、、、>
時計は午後3時半を指していた、、、、、。
家に着くのは5時過ぎ。
今夜とんまはサンフランへ飛ぶんだ!

 ダウンタウンで乗り換えると自宅の前に着くバスがあるので、
マカハからのバスを降りた健太。
カメハメハ大王像の前はメージャー・トランファー・ポイント。
大勢のローカルがそれぞれのバスを待っている。
その中に一人、しきりに地図を見ている一人の女の娘がいた。
きょろきょろ、地図を見てはバスの来る方向を見たり落ち着きがない、、。
<あ、この娘、日本人だ!>
年のころ22,3歳かな、、、。
やがてその娘はふらふらと立ち上がって、イオラニ宮殿の方へ歩き出した。
歩きながら、きょろきょろ、、、、。
更に見ていると、その娘はどんどんダウンタウンの方向行く!
<止めなさい!もうすぐ暗くなるよ、、、。早くワイキキのホテルに帰りなさい!>
そう心で叫んでいるんだろう、
周りのバスを待つローカルたちも何人かが時々心配そうに彼女の行方を見まもっていた。
女の娘の姿はどんどん小さくなって行く、、。
誰が見ても危なっかしい。

 健太の乗るバスがやってきた。
乗り込む健太、、、、。


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May 03, 2008

オアフ島を歩こう!ビーチ・パーク編 No.14. ワイメアベイ・ビーチパーク

Imgp0673ハレイワ・ビーチパーク。このすぐ右側に、戦没者慰霊塔が建っている。
Imgp0682この看板、オアフ島一周歩きのときも載せたよね!
Imgp0683ハレイワ・ビーチパークから次のラニアケア・ビーチまでは延々とこんな道が続く、、、。
Imgp0714チャンンズ・リーフとワイメア・ベイ・ビチパークの間のビーチ。地図には名前が載っていない。
Imgp0727ワイメア・ベイ・ビチパーク。ここの写真を載せるのもこれで3回目かな、、。この辺りで急に雨が降ってきた!
Imgp0752クカニロコ・バーシング・ストーンのヘイアウ。雨が止んで虹が、、、、。でも良く見てご覧、写真の真ん中に、なんか「ボワ-ッ」っと写ってるじゃないか、、こ、これはやっぱり、、、。
Imgp0751ヘイアウめぐりをしていた「霊ちゃん、、、」、いや「麗ちゃん」でした、、(笑)!

 14.ワイメアベイ・ビーチパーク
 
 「あのう、、、これ、どの辺だか知ってますか?」
彼女はそう言って、コンピューターからプリントアウトされたと思われる一枚の紙片を差し出した。
「えつ?えーと『クカニロコ・バースシング・ストーン』ですか、、?」
「はい。これからそこに行きたいんです!」
紙片に書いてあることを読む健太。
「えーと、なになに、、、。ワヒアワの町を過ぎて、ホイットモア・アベニューを左へ曲がると、100メートルほどのところに、、、。エツ、これって何なんですか?」
「ヘイアウなんです。
私、ヘイアウめぐりをしているんです。
今さっきもワイメアでプウ・オ・マフカ・ヘイアウに行ってきたんですよ!」
「そ、それって、あのハワイアンの神聖なる地のヘイアウのこと?」
「そうそう!ワイメアのプウ・オ・マフカ・ヘイアウはオアフ島最大の古代神殿跡なんですって」
「へー、そうなんだ、、」
そんな話をしているところへバスがやってきた。
「ねえ、このすぐ先みたいだし、あなたも一緒に行きませんか?
あっ、あたしレイって言います」
バスは混んでいたけど彼女と向かい合わせに座れたので話は続いた。
「あ、僕健太です、、、」
「健太さん是非一緒に行きましょうよ!」

 そこで健太は一応自己紹介がてらブログのことや、今日のビーチパークめぐりのいきさつを話した。
「じゃあ、丁度いいじゃないですか!話の種になるし!」
彼女はさっさとバスドライバーに、「クカニロコ・バース・スペース」に行くにはどこで降りるか尋ねている。
バスドライバーはすぐに頷いて、近くなったら教えてくれると言う。
「分かりました健太もお供しましょう!」
「よかった!」
彼女の表情がさっと明るくなった。
実は最初彼女を見たとき、昨日も書いたように「お化けか幽霊、、、」
なんて思うくらい、不思議な雰囲気をかもし出していたんだ、、、、、。
「ドール・パイナップル・プランテーション」を過ぎた当たりで、
「ここだよ!」
と言ってバスドライバーが降りるように合図をくれた。
バスを降りると外は雨、、、。

 「クカニロコ・バース・スペース」
レイちゃんが持っていたプリントアウトをもう一度見せてもらった。
クカニロコとは、マナのPikoでオアフの臍と言われている場所で、
安産と癒しのヘイアウだと言う。
彼女は結構おしゃべりで、
「実は、さっきのプウ・オ・マフカ・ヘイアウでは、
あそこのマナパワーって言うか、
そんな雰囲気にちょっ息が苦しかったんですよ、、、」
「えつ?そんなにパワーが?」
「そうなんです。だからここにはご一緒していただけて助かりました!」
バスストップから赤土の舗装もない道を少し行くと、
150メートル四方程の空き地に、
大きな石が配置されているのが沢山見える。
これぞまさしく「ヘイアウ」の証だ!

 「なるほど!健太は今ビーチパークめぐりをしてるけど、
じゃあこれからはそれと平行して、「ヘイアウめぐり」もしようかなあ、、」
「えーっ、ずるいずるい!それはずるいわよ!」
何がずるいんだか分かんないけど、しきりに口を尖がらせている。
健太はじっと彼女の顔を見た。
<待てよ、さっきからこの娘、どうも雰囲気がおかしい!
大体若い女の娘がヘイアウめぐりだって?
これは絶対おかしいよ!やっぱりこの娘、幽霊か化お化け、、、、>

 そんな健太の心をよそに、レイちゃんはヘイアウの中を歩き回り、
水を得た魚のように雨の降る中で写真を撮りまくっている。
<ひょっとしてこの娘、ヘイアウから出てきたお化け、、、幽霊かもしれない、、、。
待てよ、レイちゃんなんて言ってるけど。「幽霊」の霊ちゃんか、、、、(寒)!>
「ねえ、レイちゃんひょっとして、あんた、お、お化けでしょ!」
健太は思い切って聞いてみた。
レイちゃんの目が吊り上った!
「なに言ってんですか健太さん!お化けじゃないわよ、あたし!」
「でも『レイ』って名前、ゆ、幽霊の『れい』なんだろう!!」
「違いますよ!麗しいの『麗』です!」
「、、、あっ、そう、、(汗)」

 馬鹿な健太の質問をあざ笑うかのように、急に雨が止んだ。
「あっ、健太さん、あれを見て!虹が!」
その声に見上げると、大きな虹が東の空に出ているじゃないか、、。

 「東京ですか。健太も東京から来たんですが、東京はどこ?」
「神田の神保町って知ってますか?」
「知ってるどころか!その神保町の角から4、5軒目にある、中古CDの店知ってる?」
「ユニオン・ディスク!私の家のすぐそばですよ!」
「へー、それは奇遇だね!そこのビルのX階に健太の知っている人で、、、、」
レイちゃんは3ヶ月の短期英会話留学でハワイに来ていて、
来週日本に帰ってしまうらしい。

 帰りのバスの中ではまるで互いの履歴書のような話が、延々と続いたんだけど、
そんなわけで、ばってんさん、連合艦隊さん、寿さん、残念でした。
それと、驚きの「ダイアルはMさん」、、ですよね、、(笑)!

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May 02, 2008

オアフ島を歩こう!ビーチ・パーク編 No.13 ハレイワ・アリイ・ビーチパーク

Imgp0655バス停を降りるとハレイワ・ボートハーバーのまん前だ。
Imgp0663ハレイワ・アリイ・ビーチパーク。丁度ハーバーにボートが入ってくるところ。
Imgp0667アナフル・ストリーム・ブリッジ。この橋を渡るといかにもノースに来たって言う気分になるよね!
Imgp0698ラニアケア・ビーチ。ここは亀の集まるビーチとして有名だ。
Imgp0705チャンズ・リーフで捕らえた亀の姿!
Imgp0707「Hey, look! there is a turtle!」フロリダから来たと言うテリーが教えてくれた。
Imgp0735バス・ストップで健太と同じくバスを待っていた日本人の女の娘.。「あのう、、、」彼女は言った、、、。

 13.ハレイワ・アリイ・ビーチパーク

 さてビーチパークめぐりも、いよいよノースに入った。
ノースの最初のビーチパークは何と言っても、ハレイワ・アリイ・ビーチパーク!
バスドライバーのアナウンスでハレイワ・アリイ・ビーチパークのバスストップを降りると、
ハレイワ・ボート・ハーバーが目前だった。
ハワイ、イコールオシャンスポーツ!
ヨットやモーターボートがカメラのフレームに入るだけでさすが絵になる。
ハレイワ・アリイ・ビーチパークに隣接するのが「ハレイワ・ビーチパーク」、
単にアリイがなくなっただけだけど、ここには「ワイアルア・ベテランズ・ワー・メモリアル」と言って、
コリアン・ワー、ベトナム・ワーの戦没者・慰霊塔が公園の入り口にあるのが特徴。

 このハレイワ・ビーチパークの後、
暫くは何にもないカメハメハ・ハイウェーを黙々と歩かなきゃならないのが結構苦痛。
だって去年のオアフ島一周歩きで既に歩いちゃったところだからね、、、。
ま、何とか25分か30分歩くとラニアケア・ビーチに到着する。
このラニアケア・ビーチは亀がいることで有名。
たくさんの観光客が亀を写真に収めようとそのチャンスを狙っている。
結局健太はここで亀は見たものの、上手く写真にはとれなかったので、
諦めて前進することにした。
しかし不思議なもので、
写真でご覧のようにそのちょっと先のチャンズ・リーフで、
いとも簡単にその亀をカメラに収めることが出来た。
フロリダから来た「テリー」が指差して亀の居場所を教えてくれたのさ!

 この先健太は、更にビーチパークめぐりをするんだけど、
丁度ワイメア・ビーチパークあたりで雨が降ってきた。
困り果てているところへ丁度ハレイワ方面行きのバスが来た。
バス・ストップもすぐそば!
あわててバスに乗り込むのは健太だけじゃなかった。

 <そうだ!どうせならランチもまだだし、ハレイワでガーリック・シュリンプを食べて行こう!>
前回はハレイワの「マッキーズ」で食べたので今回はそのすぐ先の、
「ビッグ・ウェイブ・シュリンプ」で食べることにした。
「ガリーック・シュリンプ&コーク!」
バスを降りて「ビッグ・ウェイブ・シュリンプ」の窓口でオーダーする健太。
「It's $14!」
<えっ?マッキーズは13ドルだったよ!>
って喉まででかかったけど、
<まいっか、、、>

 お腹が空いていたので、そこそこ美味しく食べたけど、
<健太的にはマッキーズの方が美味かったなー、、、、>
なんて思いながらバス停でアラモアナ行きバスを待っていた。

 すると右目の視界にちらっと人影が写った、と思ったら、すっといなくなった。
<あれ?一瞬日本人の女の娘が見えたみたいだったけど、気のせいかなあ、、、?> 
首を傾げる健太。
バスはなかなか来なかった。
待ちくたびれてふと右を見たら、さっきの日本人の女の娘がすぐ脇に立っていた。
<あー、驚いた。神出鬼没、お化けとか何かの霊みたい!>
って思ったけど、そんなことは言えないよね、、、!
何気ない素振りで、
「バス、もうすぐ来ると思うんだけど、、」健太は言った。
「そうですよね、、」
にっこり笑う彼女。
「あのう、、、」彼女が言った、、、。

 明日へ続く、、、。
 PS:今日の万歩計は19744歩を指していました。

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May 01, 2008

ハワイの韓国料理

Imgp0553そしてまたハワイの空!

 今日はブログ友の「レイコ」さんご夫妻が日本から来ているので、
韓国料理へ行って来た。
ランチなら「ゆっちゃん」がお奨めだけど
夕食なら他の方が良い。
「チョイ」はあまりにも混んでいてサービスが悪い!
結局以前レイコさんとは行った事のある「ソラボール」に行くことにした。
「ソラボール」はご存知ケエアモウク通り、
ムービーマン御用達「Like Like Drive Inn」のちょっと先にある。
実はレイコさんのご主人ケンンチャンは、前回この「ソラボール」は来なていないので初体験。

 メニューからそれぞれ好きなものを選ぶんだけど、
レイコさんが「スンドブ・チゲ」、
健太は「テンジャン・チゲ」、
ケンチャンはと言うと、暫くじっとメニューを見ていた。
<初めてだし、何を頼むのかなあ、、、、>
健太は韓国料理はうるさいけど、
メニューに関してはあえて何も言わずに黙ってみていた。
ビールなんか先に頼んであったので、
それを飲みながら既に話もかなり盛り上がっている。
そんな時ケンチャンが突然ウエイトレスに向かって言った。
「I have a コプチャン・チゲ!」
驚く健太!
<初めてでコプチャン・チゲを頼むか!!!>
うーむ、このケンチャン、前々から只者ではないと思ってはいたが、
その韓国料理に対する彼の並々ならぬ感と閃き!
ただただ驚くばかりだ。
恐れ入りました(笑)。

 「コプチャン・チゲ」とは、
いわゆる日本の「煮込み」のようなものだけど、似ていて非なり!
その全く妥協を許さないストレートな味は、
韓国料理でなくては先ず味わえない。
辛さとまろやかさを、その互いの頂点で融合させるその高度な料理センスは、
他の料理に類を見ない。
豚の腸を2センチほどの長さに切って、ぐつぐつ煮込む。
スープは腸の内側が上手く解けて、
とろっとした仕上がりを演出、
腸そのものには多少歯ごたえが残ったまま。
沢山の「ヤニンヨン」も入っているので、
舌の上を滑るスープは、この世の最高の味わいの一つと言えるかも知れない!
 
 健太の独断と偏見で言わせて頂けば、
「ケー・チゲ=蟹のチゲ」をチゲのキングに例えれば、
この「コプチャン・チゲ」はチゲの「クウィーン!」とも言えるんじゃないかな、、、。
つまりそれ程美味いってことだ。

 まだ食べたことない方は是非一度、お試しあれ。
もちろんそれはハワイの韓国料理店に限るけどね!
今日はレイコさんケンちゃんに馳走になっちゃいました。
そんな時って、なおさら美味しいよね(笑)!!

 

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