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June 30, 2008

パール・ハーバー

Imgp1309真珠湾に浮かぶ戦艦。
Imgp1326ボートのキャプテンたち。
Imgp1321アリゾナの第3砲台あと。遠くの方にパール・シティーの街並みが、、。
Imgp1315撃墜された日本戦闘機のプロペラ。ゼロ戦かな、、?

 
 去年の8月からこのオアフ島を歩き始めた。
既にあれから1年近くなる。
最初人歩いたのがタンタラスまでの山道、
更にヌアヌパリとそこからワイマナロ迄の山中、、。
そのヌアヌパリの後、アロハ・タワーそしてパールハーバーまで、、、、。
そしてやがてオアフ島一周歩きを完了させた。
思えば随分歩いたもんだ、、、。
 
 実は前回「アリゾナ・メモリアル」まで歩いた時、
無料ボートに乗ろうとしたら乗せて貰えなかった。
バックッパクは持ち込めないと言われたのさ。
そこで今日は、何とかあの「アリゾナ・メモリアル」のボートに乗りたくて、
荷物を持たずに出かけてみた(実は後で知ったんだけど、敷地内に荷物を預かってくれるところがあったんだ、、汗)。
手にはビデオカメラとデジカメ2台。幸い天気は80%の晴れ!
ただ難点を言えば少し「ボグ=春霞にも似たボルケーノからの火山灰」っぽかった。
もちろん良い写真を撮るにはボグのないハワイ晴れが理想、
しかし天気に文句を言うときりがなく、いつまでたっても歩きに出れない。

 アリゾナメ・モリアルに着いたのが午後1時過ぎ。
平日だというのに人出がやたら多い。
日本人は、、、と見ると、少しはいるけど圧倒的に白人が多い。
<やっぱり日本人には気が引けるところかもね、、、>

 戦艦ミズーリーは戦後の話であまり興味がないので、
直ぐに無料の映画とアリゾナ・メモリアルに行くボートの整理券を貰った。
「Sorry Sir, you have to wait about an hour for next one.」
券を手渡してくれた係員が気の毒そうに言った。
そりゃそうだろうこれだけ沢山人が来てるんだ、、。
仕方ない中にあるミュージアムを見たり、
コーラを飲んだりビデオを撮ったりして時間をつぶすことに、、、。

 そろそろ退屈になった頃やっと健太たちの番がやって来た。
ここで映画を見てボートに乗るのは3度目。
30年前におっかさんを連れてきたし、そしてその後直ぐ兄貴も連れてきている。
館内に入ると多くの白人に囲まれる健太。
映画の内容は多少以前と違っていた。
映画が進むにつれだんだん肩身の狭くなる思い、、、。
「日本は中国に軍隊を送り込んで戦渦を広げて行ったが、
わが国はそれを阻止しようと日本へのオイル供給を断った。
しかしそれに異議を持つ日本は、わが国に刃を向けてきたのだ、、、。
沈んでいるアリゾナのなかには未だに1000人以上の米兵の遺体がある。
そしてこの日本の真珠湾攻撃により亡くなった者は4000人を超すだろう、、」
なんて、そんなようなことをナレーターが言っている。
<へー、そうかい!4000人アメリカ人が死んだから広島や長崎の原爆や日本全国の空襲で、何の罪もない一般市民を何10万人も殺して良いのかよ!>
思いっきり声を上げてそう言いたかった!
そんな気持ちでいると、誰も健太のことなんか見てないのに、
一斉に健太がにらまれてるような気分になって、とてもいやな気分、、、。

 しかし、ま、無事に映画を見てボートにも乗って帰ってきました。


 

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Comments

うちも何年か前に1度渡りました。
やっぱり肩身の狭い思いをしました。
亡くなった方々の名前が書かれたプレートを見るの、つらかったです...
でも、「そこにいる白人のみなさん、広島にも来て原爆ドーム見てください!」って言いたかったです。

Posted by: ごんのすけ | June 30, 2008 at 09:18 PM

「戦争はやってはいけない。
 しかしやる以上は絶対に勝たなければならない。」
誰か有名な人の言葉だったと記憶しています。けだし至言だと思います。

昔、バスの窓からそれとは知らずに真珠湾を見た時のことです、なぜか背筋が寒くなるほどの悪寒を感じました。後でそこが真珠湾と知ったときに湾内には決して入るまいと思い現在に至っています。これからも訪れることはないでしょう。

Posted by: レインボーシャワー | June 30, 2008 at 09:46 PM

ごんのすけさん

喧嘩両成敗って昔から言います。戦争はどちらも悪いのです。しかしあの真珠湾での映画は完全に日本人が悪者でした、、。
あそこでは広島の原爆ドームの映画も同時上映して欲しいです!

レインボーシャワーさん

日本は敗戦国、やっぱり何を言っても通らないんでしょうね、、。
しかし戦後になって勝ったアメリカも良く日本の面倒を見てくれました、、。だから今日の日本があるんでしょうが、、。しかしやっぱりあそこでは(パール・ハーバーでは)、広島の原爆の悲惨な映画も同時上映して欲しいです!!それによって、何がどうあれ、戦争はいけないことだと強調して欲しいです!!!!

Posted by: 健太 | June 30, 2008 at 10:52 PM

健太さん、こんにちは
健太さんは勇気がありますね。
アメリカのケーブルテレビの歴史番組チャンネルでは、しつこいくらいパールハーバーが流れていて、事実上アメリカ発展の歴史はここから始まったという刷り込みを国民にしているという在米駐在日本人の方のHPをみたことがあります。
いまだにそんな教育がまかり通るのは、ちょっと小ずるいんじゃないかと思いましたが事実なんでしょうか?

そういえば広島に出張したときに、ちょうどこれから原爆ドームに向かうであろう白人青年の一団をみました。
土砂降りの雨の中ではしゃいでいましたが、これから数時間後には表情が凍り付くんだろうなと複雑な気持ちでした。

Posted by: ダイアルはM | June 30, 2008 at 11:37 PM

健太さん:

以前、真珠湾攻撃と広島・長崎の原子爆弾投下の事を取り上げていましたね。アメリカ人の60歳以上の人達は、原子爆弾投下が戦争を早く終わらせ、結果的に、日本・日本人を救ったのだと本当に信じています。でも、アメリカの友人夫妻を20年位前に長崎の原爆館に連れて行った時、夫人が(今、80歳)が慟哭しながら、自分たちが米政府から聞いていたことが何であれ、これは許されることではないと、大袈裟ではなく、彼女の泣きじゃくる姿を忘れる事ができません、今でも、今日のこのブログを見て、思い出しました。

処で、白内障の事、家内に問いただしました。費用は15万円でしたが、日本では保険がきくので、私が払ったのは、5万円くらいだったとの事です。手術前は、怖かったですが、終わった後、視界が広がり、すべてよく見える事に感激しました。

Posted by: twyok | July 01, 2008 at 12:20 AM

太平洋戦争の遠因は支那事変、支那事変の遠因は満州事変、満州事変の遠因は多くの日本人の血を流した日露戦争、戦前の大日本国憲法は明治維新から近代国家へ向けての課程では有効に機能したけども、昭和にはいって日本が世界第3位の軍事国家となった時には機能不全を起していた。やがて軍縮会議が開催され日本の軍備は米英に対して6割に押さえ込まれ国民の中にアメリカに対する不満がくすぶり始める。昭和六年、石原莞爾が満州事変を引き起こすと多くの国民はそれを当然の権利と受け止め政府は軍部独走を追認してしまう。この軍部独走を一層推し進める事に為ったのが軍縮条約、憲法上防衛軍備は天皇、軍部の専任事項であるのに政府が勝手に条約を結んだ『統帥権干犯』として無効だと主張した野党の鳩山威一郎、軍人は『そうか!軍は政府の言う事など聞く必要は無かったのだ』と気がついた。以降、軍部は陸海軍大臣も現役大臣を認めさせ、陸海軍大臣が辞職する度に内閣は瓦解、気に入らない内閣には大臣を出さず、自分達のお気に入りを総理に指名する始末。外国は日本には政府が二つあるとあざ笑い、満州国独立など相手にされず日本は国際連盟を脱退、孤立への道に直走った。その満州国独立を有耶無耶にする為に陸軍は上海事変を引き起こす。やがてそれが拡大し支那事変へ、真珠湾攻撃までに陸軍は中国で30万を越える戦死傷者を出していた。時の総理大臣東條英機は『アメリカが要求する中国大陸から撤兵要求など話にならない。大陸は日本の心臓です。』と答え陸軍の面子に拘りハルノートを拒否した。これは当時の大多数の日本人が当然と考えていた。『日清、日露、満州、支那事変で流した兵士の血が大陸にはしみこんでいる。もし大陸から撤兵など仕様ものなら国家転覆もありうる。』そう言って絶対に戦ってはいけない相手に先制攻撃を仕掛けなければならない状況を作ったのです。日露戦争が終わった時からアメリカは言う事を聞かなくなった日本を叩き潰す準備を用意周到に始めていた。アメリカはスペインともメキシコとも第1次大戦の時のドイツとも同じ様に先制攻撃を受けたと言って戦争をしています。
ハワイへ行って『アリゾナ記念館』を見るたびにルーズベルト大統領に生贄にされた兵士を偲びます。まさかツインタワーにいた人達がブッシュの生贄では無い事を祈りたい気持ちです。
無能な政治家と軍人と官僚が自国民を死の淵に追いやる。こんな事が二度と起きぬように祈るばかりです。

Posted by: 連合艦隊 | July 01, 2008 at 12:27 AM

恣意的な歴史教育はどこの国でも行われていることでしょう。
やはりアメリカでは日本に対して3Rの一番目が未だに残っているという理解でいいと思います。
東南アジア、特に中国への利権争いの中、アメリカの上海領事館の近くに日本軍の爆弾が落とされたことを、国際社会に日本によるアメリカ攻撃であると曲解させ、敵国日本を作り上げていったアメリカの国際政治的策謀に日本は乗ってしまったという一面があったのではなかったでしたっけ?
自国の利益の為に、平和を守るという名目で今日まで戦争を続けざるを得ない一面を持つアメリカは、悲しい国だと思います。
日本がそんな国の一州になるなどと考えることは、自らの進むべき道を選ぶ権利を、ここにいたって再び放棄する辱めを受けることに他ならないと思えてきます。
原爆を落とすことができたアメリカ人の支配欲と驕りが、今の日本に浸透するとは、まだ考えたくありません。
戦争参加の当事者(国:支配者等)に、賛意を述べる遺族が永遠に現れないことを心から祈るのみです。


Posted by: chi-ponn | July 01, 2008 at 12:47 AM

レインボーシャワーさん 「戦争はやってはいけない。
 しかしやる以上は絶対に勝たなければならない。」は、敗戦時の外相「東郷茂徳」の言だったと思います。皮肉なことに彼は朝鮮人だったのですよね。

Posted by: 大日本帝国空軍士官学校 | July 01, 2008 at 01:46 AM

健太さん

当方のブログに、健太さんの写真を転載させて貰った時には、当該記事の所に、この様にトラックバックさせて貰います。

宜しくお願いします。

Posted by: チテン | July 01, 2008 at 05:55 AM

健太さん

健太さんがNiftyブログ開いたのが2004年8月14日、当方が開いたのが同18日。健太さんの方が4日早かったこと、当時ブログで困った事が有ったら、プーコさん、プーコさんと、プーコさんに頼る日々だった事も、ブログを見ながら思い出しました。あれからお互い(プーコさんも含め)+4歳になっているんですね~。

Posted by: チテン | July 01, 2008 at 06:51 AM

ダイアルはMさん

勝ったほうは何でもいえますよね!未だにアメリカ市民はあの日本との戦争を正義の戦争と言ってはばかりません。
人と人の争いにどちらが正義でどちらが悪義かなんてあるわけもなく、喧嘩両成敗のはず!やっぱりあの映画を見ていて日本人として何か一言いたい気持ちになりました。あれじゃあ、まるで言われっぱなしです。
健太が広島へ白人のホテル総支配人とに出張した時、やはり彼は涙を浮かべてました。

twyokさん

上にも書きましたが広島で私も似たような経験をしました。戦争はいつも国家が始めるもの、しかしその犠牲になるのは何時の時代も国民です。
あの広島長崎の惨状を知れば人間であれば誰でも息苦しくなって怒りを覚えるはずです、、、。

白内障は健太はまだないのですが兄貴が去年やったので、いずれ私の番がやってくると思います。
ありがとうございました。

連合艦隊さん

さすが博学の連合艦隊さん、良くご存知ですね!
結局軍に力があれば彼らに引っ掻き回されるのは当時としては自然の成り行きでしょう、、。
国民はいつも蚊帳の外です。
真珠湾はルーズベルトの犠牲であることをどれほどのアメリカ人が知っているんでしょうか、、、。
911もそんな噂がありますよね、、。
いつもアメリカは相手に先に手を出させます。と言うか「大義名分」が必要なんでしょう、、。
しかしイラク戦争はどう釈明するのでしょうか、、、。

chi-ponnさん

アメリカの上海領事館の近くに日本軍の爆弾が落されたことは知りませんでした。
そんなところにも彼らが日本を目の敵にする理由があったんですね!
しかし今の日本に自らの進むべき道を選ぶ権利が本当にあるのでしょうか?これほど国民生活が歪められてゆくのをただただ黙って見ているほかに手段がないのでは、自分の道が本当に選べているのか甚だ疑問です、、。

大日本帝国空軍士官学校 さん

やっぱり今回も真珠湾、行っておくべきでした。
以前とはだいぶ様子が違っていました。

チテン さん

先日そちらに遊びに行って見させていただきました。
宜しくお願いします!

Posted by: 健太 | July 01, 2008 at 06:56 AM

私は機会があるたびにできるだけ真珠湾に行こうと思っています。それは自分自身でこの島で何が起きたかを常に確認しておきたいからです。
アリゾナでも新しくできた航空博物館でも、そこで流されるビデオは「アメリカの視点」のものです。でもそれは当然ですね。ここは「アメリカ」ですから。日本国内での東京大空襲や広島・長崎などの展示にアメリカの視点からの展示を入れることは難しいでしょうから、それと同じことではないでしょうか。
国というのはそれぞれが常に「その時における正義」なのです。でなければ国を治めるということはできないのではないでしょうか。
ただ私は常に自分の考えだけは失わないようにしたいと思っていますし、それを主張しようとは思いません。
人との考えの違いはあることだし、人それぞれも国と同様に「それぞれ正しい」と思っていることがあるはずで、それが「違っている」というのはある意味で無意味なのではないかと最近特に思います。

Posted by: 池ちゃん | July 01, 2008 at 08:11 AM

健太さん

昨年、真珠湾(アリゾナ記念館)をふらりと訪ねました。わたしも同じように鋭い視線を感じました。
時間もなく早々に引き上げて来ましたが、今年はじっくり行ってみようと思っています。

昭和時代の政治家、軍人に関する本を読むたびに苦々しい思いにさせられます。
今の政治家も官僚もその時代の影響を受けていると思っています。
世界に声を大きくしてものが言えなくなったことにも腹立たしく思っています。

Posted by: 壽 | July 01, 2008 at 02:26 PM

池ちゃん

おっしゃる通りですね、、。
しかし自分を主張しないと言うことは、「あいつには、自分がない、、」と誤解されやすいんじゃあないでしょうか、、、、。特にものを書く時は、意見があるから面白くもなるし主張があるから意味があるような気がしますが、いかがでしょうか、、、。
ゴッホの絵も、セザンヌの絵も主張はあるし、
モーツアルトもベートーベンも主張だらけです。
でも池ちゃんの場合「主張しない!」と言う「主張」があるので、それはまたそれで素晴らしいと思います。
なんだか分かったようなわかんないような、、、(笑)。

寿さん

なんとなく居心地が悪いですよね、あそこって、、、。
しかし景色もきれいだしボートに乗って海風にあたるのはとても気持ちがいいですね!また近いうちに行こうと思っていま。!


Posted by: 健太 | July 01, 2008 at 03:08 PM

「大日本帝国空軍士官学校」様。
東郷茂徳なる人物の言でしたか。私にとっては彼が朝鮮系にも拘わらず駐独大使、駐ソ連大使、そして外務大臣にまでなれたことに興味がわきます。明治維新以来、長州、薩摩がいろいろなポストをほとんど占めたことの一例かと思います。勿論本人が優秀なればこそでしょうが・・・。今でも長州・薩摩閥が特定のポストを独占している弊害が散見されます。会津藩の無念も未だ晴らされずでしょう。
また折に触れて教えて下さい。宜しくお願いします。

Posted by: レインボーシャワー | July 02, 2008 at 01:35 AM

レインボーシャワーさん

コメントへのコメント、有難うございました。
しかし皆さん欲いろいろご存知なのは驚きです!

Posted by: 健太 | July 02, 2008 at 06:51 PM

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