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September 30, 2009

ハワイにいるとボケ易いか?

Imgp2467今日のアラモアナCS。この空きよう、やっぱり不況なんだね、、。
Imgp2472辺りにいる人たちもなんだか元気がないように見えるのは、健太の思い過ごしだろうか、、。
Imgp2466今日の可愛い娘ちゃんはシャネルのこの娘でした!でもこうなると、「娘」っていうよりお姉さんだよね、、。
Imgp2471えーい、ついでにもう一人、ラルフローレンのこの娘も行っちゃおうか!
Imgp2474わー、今外を見たらこんな綺麗な夕焼けが!


 戦前派戦後派、などという言葉があった。
今となっては殆どの人が戦後派になるわけだけど、
健太は太平洋戦争の始まる年に生まれている。
それも戦争の始まる4ヶ月前、
立派な戦前派だ。
とんまのお姉さんとそのご主人は同い年の終戦年生まれ。
終戦が8月15日、
お姉さんが生まれたの6月、ご主人は10月、
よって、たった4ヶ月の差でお姉さんは戦中派、
ご主人は戦後派ってことになっちゃう、、。

 さて健太はと言うと戦前派だから、かなり年を取ったってことになる、、、(涙)。
しかし困ったことは、自分ではまだ精々40歳そこそこだと思っている。
それって非常に良い事でもあるし、厄介なことでもある。
肉体的には完全に衰えているからね、、、。
それと、何が困るかというと「忘れっぽいこと」、、、、。

 最初「自分の忘れっぽさ」に気が付いたのは、
冷蔵庫を開けた時だった。
「おや?俺は今、何のために冷蔵庫を開けたんだっけ、、、」
多分ジュースかビールでも飲もうと思ったんだろうけど、
暫く冷蔵庫のドアを開けたまま「ボー」っとしていた。
あれは何歳ごろにことだっただろうか、、、、。
以来、そんな事は日常茶飯事、
今ではわりと頻繁に冷蔵庫のドアをあけては、ボーっとしている。

 それが60歳を過ぎた頃から、
今度は寝室に行っては、
「あれ?何しに来たんだっけ、、、」
倉庫に行っては、
「あれ?何しに来たんだっけ、、、」、、、。
あまり頻繁に起きるので、
これがぼけの始まりかもしれないと、最近恐れをなしている。

 一方、自分でも驚くことは、
ウクレレやギターを弾いてみると意外とコードや指運は忘れていない。
暫くやっていなくても、
一寸予備運動をすればすぐにOK!
ウクレレやギター等指を使っていると「ボケ防止」になるそうだ。
若い若いと思っていても、
年月の経つのは実に早いものだ。
将来のボケ防止のために、
君もウクレレ、始めてみては如何でしょうか、、(笑)!

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September 29, 2009

ハワイで、雨ニモマケズ!

Imgp2456今日のワイキキ・ビーチ。良く晴れ渡っている!
Imgp2453カラカウア通り。この辺の景色は2、3年前しょっちゅうアップしていたっけ、、。
Imgp2462ワイキキ・サークル・ホテル。このホテル、多分健太が初めてハワイに来た当時(1967年)から既にあったと思う、、。
Imgp2451今日のランチはここで。健太が以前勤めていたホテルだ。
Imgp2450ホテル・ロビーからかカラカウア通りへ抜けるところ、、。
Imgp2460おっと、こんな店を見つけちゃった、、(汗)。
Imgp2461もちろん食べたのは健太もとんまもこれ、「ラム・レーズン」だ!

 雨にも負けず

雨にも負けず
風にも負けず

雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち

慾はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている

一日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ

あらゆることを
自分を勘定に入れずに

よく見聞きし分かり
そして忘れず

野原の松の林の陰の
小さな萱ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば
行って看病してやり
西に疲れた母あれば
行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろといい

日照りの時は涙を流し
寒さの夏はおろおろ歩き

みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず
苦にもされず

そういうものに
わたしは
なりたい

 ご存知宮沢賢治の詩だよね、、、。 
素晴らしい詩だと思うけど、
うーむ、
健太はとても「そういうもの」にはなれそうもない。
昨日の「べサニー」の「Soul Surfer」読んでからと言うもの、
ちょっとショックの健太、
なんだか全て自分のやっている事が虚しく思えてならない。
そして今日は永六輔の「大往生」読んでいたら、
この宮沢賢治の詩が出てきた。
小学校の教科書に出てきたと思うんだけど、
その時はまるで意味が分からなかった。
今は、、、
と言うと分かる事は分かるけど、
健太にはその全部とは言わないまでも、
多くのところで「そういうひと」になる事は無理、、
としか思えない、、、。

どころか、
ある部分では、
そういう人にはなりたくないと思っている自分がここにいる、、。

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September 28, 2009

What's your excuse ? で、何なの、あんたの言い訳って?

Bethany_ii1片腕でサーフィンをするべサニー!
Bethany_i1べサニー、鮫に襲われて失った左腕と、その時噛み切られたサーフボード。
Bethany_v1それでもサーフィンを続けるべサニー、、。
Bethany_vi1今日の可愛い娘ちゃんは、べサミーちゃんでした、、(笑)!
Bethany_viiii1


 カウアイ島のナパリコーストの側にハエウア・ビーチと言うところがある。
最も安全なサーフ・スポットとして知られていたところだったが、
2003年10月、プロサーファーを目指していた13歳の少女が突然鮫に襲われて片腕を食いちぎられてしまった。
大量の出血にも拘らず奇跡的に一命を取りとめたその少女が、
ベサニー・ハミルトンだ。
既に聞き及んでいる方も多いと思う。

 しかし彼女はその1ヶ月後には既に片手でパドリングをして沖へ出て行った。
彼女がボードの上に立ち上がった瞬間、
浜ではべサミーを見守っていた者達による感動の拍手が鳴り止まなかった。
そしてその10週間後に彼女はトーナメントに出場、
数ヵ月後には5位に入賞を果たした。
沢山の報道陣に囲まれた時の彼女の一言。
「誰かが希望を見出す手助けが出来るなら、私が腕を失った価値はあったと思う」

 何事にも恵まれすぎている現代社会、
まるで世の中や周りの人間が元凶の如く言い訳をする者達、、。
たった13歳の少女がそうした者達へ、この言葉の裏で訴えている!

「What's your excuse!」

 この「What's your excuse!」は、
数ある英語のフレーズの中でも見事なフレーズだと思う。
「で、何なの、あんたの言い訳って?」って健太は訳したけど、
実はもっと強烈なニュアンスをもっている。
「何かあ文句あっか!」とか、
「四の五のいってるんじゃねーよ!」
みたいなね!
 
 写真は彼女の自伝「Soul Sufer」から拝借しました。

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September 27, 2009

2匹の狼の戦い

Imgp2402日曜日はS・キングのガス・ステーションでカー・ワッシュをやっている。1台8ドル!
子供たちのアルバイトだけど、手洗いなので人気がある。
Imgp2426この通りを日本の皆さんが歩いてるのを、最近良く見かけます!
Imgp2425その角にあるジャック・インザ・ボックス。よっぽど不況が答えてるんだろうか、何と1ドルの「チーズ・バーガー」のサインが出てる。たったの1ドルだぜ!
Imgp2421今日のランチはここにしようかなあ、、、。
Imgp2411そう言えばカパフルにはこんな店もあるんだよね、、、。ここにするか!
Imgp2415オーダーしたのは味噌ラーメンと餃子。味は60点、、かな(汗)。
Imgp2410今日のカパフル通り。山側はあまり天気が良くない、、。
Imgp2428今日の花は黄色のプルメリア!
Imgp2403そして、今日の可愛い娘ちゃんはカー・ワッシュをしてくれたこの娘にしようかなあ、、(笑)!
 
 今日は英語のお話。

 Life Explained

One evening an old
Cherokee told his grandson about a battle that goes on
He said,
"My son, the
battle is between two wolves inside us all. "

"One is Evil -
It is anger, envy, jealousy, sorrow, regret, greed,
arrogance, self-pity, guilt, resentment, inferiority, lies,
false pride, superiority, and ego."

"The other is Good
It is joy, peace, love, hope, serenity, humility,
kindness, benevolence, empathy, generosity, truth,
compassion and faith."

The grandson thought
about it for a minute and then asked his grandfather:
"Which wolf wins?"

The old Cherokee simply replied,
"The one you feed ."

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September 26, 2009

健太は東南アジア系?

Imgp2370今日はこの辺をちょっぴり歩きました。
Imgp2372ケエアモクのH1フリーウェーを越える陸橋から東へカメラを向けた。
Imgp2374日本食らしいけど、どうやらテークアウトのみだね、、、。
Imgp2375隣にこんな店もあるけどこれもテイクアウト専門だ、、。
Imgp2377その向え側にある「ベトナム料理」。先に見える黄色い看板「松林」は中華料理だ。
Imgp2380結局そのベトナム料理店「マイラン」へ入った。
Imgp2385えーい、こうなったら、やけのやんぱち!パクチーをいっぱい入れてフォーを食べてやるぞ!
Imgp2390ハワイのコンドやアパートを見ていて不思議に思うのは、どうして南側に大きくラナイを付けたり窓を大きく作ったりしないのかね、、。南側の窓の小さいこういうコンドが結構多いんだなあ、、。
Imgp2391ここまで来るとぐるっと一回りした事になるかな、、。
Imgp2393今日の花は近くに咲いていたプルメリアです!
Imgp2141今日の可愛い娘ちゃんはこの千房で知り合った「ケイ子」ちゃん。おばあちゃんが日本人だそうです!
健太のなんちゃってウクレレ・レッスン19回目。今回はウクレレ・ソロでハワイアン・クラッシック「アロハ・オエ」をやってみよう!

 とんまが久しぶりの成田フライトから帰ってきた。
こんな時は夜中仕事をしてきたので家に帰るなりパッタン、、。
そんなわけでランチは一人で済ませなきゃならない。
で、今日もウォーキング・ディスタンスでどこかへ食べにに行くことにした。
前回は南へ歩いたけど今日は東に向って歩いた。
家から10分ほど歩くともうそこは既にケエアモク通り、
これを南へ向えばアラナモアナ・SCに行ける。
しかし今日はそこまでは行かず、
フリーウェーを越えた辺りに沢山食べ物屋もありそうなので、
そこらで済ませたい。

 ケエアモクを少し南へ行くと写真のようなところへ出る。
以前から車で通って横目で眺めていた沢山のレストランの看板。
と言っても行ってみたら殆どがテイクアウト専門店だった。
結局入ったのはベトナム料理の「マイラン」。
もちろん頼んだのは「フォー」。
パクチーは苦手だけど好きな人もいるんだから、
きっと食べているうちに好きになれるに違いないと、
思いっきりパクチーを入れる健太!

 日本人のルーツと言えば、
漢民族系、朝鮮民族系、モンゴル系、そして東南アジア系になるのかなあ、、。
大体健太のおっかさんは東南アジア系の顔をしている。
兄貴なんか空港ではもろタイ語で話しかけられるほど、
それ的な顔をしている。
健太自身もそれっぽい顔つきかもしれない。
<もしかして健太のルーツはタイとかベトナムかなあ、、、>
なんて思うこともあったけど、
今日パクチーをいっぱい入れて食べたフォーは、
やっぱり健太の口に合わない、、。
どうやら健太のルーツはそっちじゃないような気がしてきた、、(汗)。

 因みに「マイラン」の店員に「この葉パクチーですか?」
って聞いたら「No, this is Min !」って言ってた。
どうやら彼等の間で、あれは「Min」って呼ばれてるらしい。

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September 25, 2009

ワイキキを歩いてみると、、

Imgp2348ここで写真を撮っていると後ろの方で「健太さん!」って声が!この辺で声を掛けられるって事はひょっとして、、、。はいそうです、アヒポキさんでした、、(笑)!
Imgp2354_2ワイキキ、カラカウ通りに咲くハイビスカス。こんな花がどこにでも咲いてるハワイ、明るいわけだよね!
Imgp2349免税店の前。えーと、どっかで見たおっさん?あーそうだ、健太たちのバンドでキーボードを弾いてくれてる人でした。このナイス・スマイルのおっさん、良く見るとベンチャーズの「ジェリー・マギー」に似てるね、、(笑)!ワイキキを歩いていると色んな人に会う!!
Imgp2356さてXンタマ、じゃない「インタマ」に寄ってここのフード・コートでランチだ、、(汗)!
Imgp2361向ったのはここ、北京ガーデン!
Imgp2362_2頼んだのはこれ、「シーフードヌードル・スープ」 9ドル16セント+水1ドル50セント。味はまあまあだけどこれで9ドルなら、「きわみ」のラーメンが良かったかも知れないなあ、、、(汗)。
Imgp2338さあ今日の可愛い娘ちゃんは「麗ちゃん」でした。去年の5月2日、ノースのバス停で知り合って、時々コメントもくれる麗ちゃんが突然やってきたんだ!1年ぶりで会う麗ちゃんはすっかりお姉さんになってました。それと、幽霊ではなくちゃんと足がありました。この話覚えてますか?忘れた人はクリック、、(笑)!

 オアフ島から740キロほど離れたモクマナマナ島という無人島で、
ハワイアン文明と思われる遺跡が発見された。
ハワイ大学考古学専攻の「ケクエヴァ・キキロエ」さんと、
ポートランドの考古学者アナン・レイモンドさんたちによる、
18日間の現地調査で明らかになったと言う。

 モクマナマナ島は約46エーカーあってそこには30箇所以上の「ヘイアウ(ハワイ古代神殿)」がある。
彼等の調査によるとそれらのヘイアウはほぼ完璧な状態で見つかり、
昔の姿をそのまま保っているのではないかと言う。
更にその島には幾つかの農地跡や未完の石器等も発見された。

 またヘイアウの上には、
直立した物体が見つかって、
それらは恐らく天文観測に使われたものと思われる。
何故ならば他のハワイの島々でも同じようなモニュメントが多く発見されているからだ。

 島全体は火山岩によって成り立ち、
そのハワイ固有の植物で覆われた地表には沢山の鳥が群がっている。
しかし樹木は1本も生えていない。

 飲料水の確保もままならないこの島で、
古代ハワイアンたちは一体どうやって生活をしていたのだろうか、、、。
この二人の考古学者ならずとも実に興味深い!

 

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September 24, 2009

ハワイの可愛い娘ちゃん特集は、、、

Imgp2325ピアー38繋留されている漁船。
Imgp2327マリンスター号。漁船の中では綺麗なほうでした、、(汗)!
Imgp2311ランチはここピアー38の「ニコス」で!
Imgp2316ニコスの入り口に咲くハイビスカス。
Imgp2319頼んだのは「ニコス・スペシャル」、マヒマヒのソテーとマカロニ・サラダ。飲み物はカリフォルニアの「バラスト・ポイント」。

 ダウンタウンに行ったついでにピアー38まで足を伸ばした。
1時過ぎていたけどランチがまだだったので、
久しぶりに「ニコス」に寄って見ることにした。
天気は上々、
ピアーは眩しさいっぱいだ!

 ニックスに入ると、キャッシャーには可愛い娘ちゃんがいるじゃないか!
ダイアルはMさんの強いご要望により、
可愛い娘ちゃん写真特集をやらなければならない。
「May I take your picture?」
と、健太のその声にもろに恥ずかしがって顔を隠す可愛い娘ちゃん。
「Oh,no,no,no!」
ははは、、なんと一発で断られました。
ところがその娘、次の瞬間奥のキッチンに向って言った。
「Hey, Jean ! some one'd like to take your pictue!」。
<おっ!もしかして、、>
期待に胸が弾む健太!
ところがその声にキッチンから出てきたのは、
なんちゅーか、一昨日の「美女の館」なみの女の娘じゃないか、、(汗)。
焦る健太!
「Never mind, never mind!」
そう言うと逃げるようにしてお金を払った健太でした。
そんなわけで、今日の「可愛い娘ちゃん撮影」はうまく行きませんでした。
ごめんなさいダイアルはMさん!

 さて今日のニコス・スペシャルはマヒマヒのソテー。
普通マヒマヒは肉が柔らかくてポソポソしちゃうけど、
今日のマヒマヒは写真でも分かるようにしっかり焼き目があって、
その部分が丁度良い硬さになっていた。
ちゃんと歯ごたえもあってとても美味かった。
値段は8ドル95セント(飲み物抜き)でした。

 それにしても可愛い娘ちゃん特集、
先が思いやられます、、、(涙)。

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September 23, 2009

ウォーキング・ディスタンスのイタ飯屋さん!

Imgp2286健太の家から歩いて7、8分でここに来る。この「Lunalilo」と平行して隣にフリーウェーが走っている。
Imgp2285ハワイ・ミッション・アカデミー。これはLunaliloの少し山側にある。
Imgp2288そのフリーウェーの下をくぐって暫く行くと、Kinauの角にこの「クイーン・カアフマヌ・小学校」がある。クイーン・カアフマヌはカメハメハ2世(一世の息子・リホリホ)の姉。2世の副王として在位した。
Imgp2291ペンサコーラとベルタニアの角、イタリアン・レストラン「Quntie Pastos's」。何時も夜は列が出来ている人気レストランだ!
Imgp2292早速入ってみよう!
Imgp2298頼んだのはイタリアン・バーガー。シーザースサラダがちょっと付いてくる。
Imgp2297ウェイトレスの「チナ」さんだか「ジーナ」さんだか、、、名前を聞いたけど良く聞こえなかった、、(汗)
健太のなんちゃってウクレレ・レッスン第18回目。今回は「ファンキー・モンキー・ベイビー」をやってみよう!それとリクエストにより、前回やった「想い出の渚」のエンディングもちょっぴり。

 Walking Distance
って言葉があるけど、
ま、一般に「歩いて行けるところ、、」ってことかな。
健太の家からWalking Distanceにイタ飯の人気店「Quntie Pastos's」がある。
夜はいつも列を作っている程だ。
もちろん健太ととんまも行った事があるんだけど、
駐車場がないのが欠点。
そんな訳で最近行っていない。

 今日とんまはフライトに出て家にいないのでランチは健太一人。
丁度いい、
歩いてその「Quntie Pastos's」に行ってみる事にした。
万歩計は忘れたけど健太の家からその店まで、多分1キロくらいだろう。
ベルタニア通りとペンサコーラの角にある。
頼んだのはご覧の「イタリアン・バーガー」
イタリヤにもハンバーガーがあるのかなあ、、。
ま、物は試しだよね、、(笑)!

 結果は大正解!
さすが人気店だけあって、その味はクアアイナやテディーズ、
マックにも負けない素晴らしい味でした。
皆にはなかなか難しいかも知れないけど、
もしチャンスがあたら是非一度ご賞味あれ!
値段も8ドル以下とリーズナブルでした。

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September 22, 2009

海の見える道

Imgp2265海の見えないSea View Avenue、、、。
Imgp2266この景色を毎日見ていたっけ、、、。でも手前の青い屋根はなかった。
Kenta32これがその当時コテージから撮った景色。
Imgp2268この家の裏側にあるコテージ風の家にかつて住んでいた。高台なので景色は悪くなかったけど、当時から Sea View Avenue と言っても海は殆ど見えなかった。奥に斜めに白い柵が見えるだろ?あれがそのコテージに上がる階段の手すりだ。
Imgp2273そのSea View Avenueの一本下の通り、Metcalf と Universityの角。見えるのはもちろんハワイ大学キャンパス。
Imgp2284その山側角にある「ヨーグルト・ランド」!
Imgp2282こうしてセットされた数々のフレーバーを好みに合わせて自分でカップに入れてゆく。
最後に目方を量って重さに応じて支払いをする。
Imgp2277健太が選んだのはマンゴとストロベリー・バナナ。トッピングが苺とキーウィ+M&M!
こんなでっかくて、たったの4ドルだ!

 看板に偽りあり!
Sea View Avenue なんて言って海なんか殆ど見えやしない。
1979年ごろから1981年位まで住んでいたところが、その Sea View Avenue。
しかし高台だったのでそれなりの景色はあった。
多分昔は向こうに見えるワイキキのホテル群がなかったので、
海も沢山見えたんだろうね、、。
ま、看板に偽りありでもこういう場合は許せる。
しかし世の中にはその「看板に偽りあり!」がいたるところに氾濫している。

 ホテルのカテゴリーなんかもこれでよくお客さんからコンプレーンを貰った。
旅行社のパンフレットには、
「ハワイ旅行、海の見える部屋に泊まってこの値段!」
なんちゃって、
ハワイに来て見てホテルに入ったら、
たしかに海は見えるけど端っこの方にちょっと見えるだけだったりする。
普通「海が見える部屋!」なんて言われると、
窓を開けると真ん前に海がドーンと広がってるって思っちゃうよね。
しかしホテルのカテゴリーでそう言うのは「オーシャン・フロント」って言うんだなあー。
最近のお客さんはその辺の事を大分知ってるようだ。

 みんなも知っての通り東京蒲田が健太の実家のある街。
当時あの辺には怪しげなクラブが犇いていた。
今でも結構そんなのがあるみたいだけどね、、。
高校生の健太は何時もその蒲田から新大久保の「海城」と言う高校へ通っていた。
学校が終わってちょっと新宿辺りで悪餓鬼と遊んで帰ると、
蒲田の街は夜の支度で賑わい始めている。
そんな時、怪しげなクラブの看板を見ては健太少年、
訳も分からず勝手に興奮!
「美女の館」
なんて看板が有って、
少年心にそんなところへ一度入って見たいと胸をときめかせた。

 ところが夕方になって、
その店「美女の館」に入って行く、
明らかにそこで働いているとおぼしき女性の姿を良く見かけて健太はぶっ飛んだ。
その女性達、どう見ても「美女」には見えなかったんだ。
ましてや、時々健太のおっかさんとそれほど年の変わらない、
厚化粧したおばさんも入って行く。

 「看板に偽りあり」って言う言葉の本当の意味が、
その時はっきり分ったんじゃないかなあ、、。
もう50年も前のことですがね、、、(笑)。


 

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September 21, 2009

これこそ本当の「ブルー・ハワイ」!

Imgp2253ハワイにはないペプシ「ブルー・ハワイ」。珍しいので去年日本から買って来て飲まないで取ってある。でも少し蒸発したのか減ってるね。それにしてもハワイの青空に良く似合うデザインだ!
Imgp2254健太が好きで飲んでいるダイエット・ペプシ。アメリカではコカコーラもペプシコーラも同じくらい人気がある。日本ではペプシがいまいち人気がないので、大概何処で買っても安いのが助ります、、(笑)。
Imgp2257健太のコンドから見た山側の景色。今日は珍しく雲がなくすっかり晴れ渡っている!
Imgp2258健太&とんま家の新しい入り口のドア!
Imgp2260出来上がったTOTOの浴槽が入った新しい風呂場。

 健太家の風呂場の改装が終わった。
先ずアメリカ式の浴槽を、日本のTOTO製の深い浴槽に代えた。
「ハワイで日本式の風呂に入りたい!」
って、健太もとんまもハワイに来て以来40年間ずっと夢見ていたからね!

 それと2箇所あるトイレットも流す時に音の静かなTOTOに交換。
今まで夜中どちらかがトイレに行くと、
流す音で必ずと言って良いほど寝ている側が目を覚ましていた。
そこまでやるならと、
バスルームの流しとキャビネット(流し台)も取替えたいよね!
その他の歯ブラシやスプレーなど入れるキャビネットもあるので、
それも大きな鏡ドアを付けたものにする。
更に床も新しくフローリングしてもらう、、、。

 業者はハワイの無料新聞・日刊サンに以前広告を出していた韓国の業者に頼んだ。
こんな事言っちゃあ申し訳ないけど、
こういう事をローカル業者に頼むと、
全てがハワイアン・タイムで、頼んでもなかなか完成しない。
現に最初はローカル業者に頼もうと思って、
見積もりを終わらせて「GO!」のサインを出したのに、一向にスタートしなかった。
フライトのスケジュールまで開けて待っていたとんまだけど、
遂に痺れを切らして「キャンセル!」の一言が出た。
気の毒にローカル業者は250万円の仕事を不意にした事になる。

 一方韓国の業者は一旦「GO!」のサインが出すと、
たちまち作業を開始して、
どんどん工事は進んでゆく。
土日を抜かした作業なのにその速さがあまり気持ち良いので、
玄関のドアとトイレのドアも新しいのに取り替えてもらうことにした。
今までの玄関のドアは建て付けが最悪だったからね!

 ご覧のように玄関にはもう新しいドアが付いている。
鍵を忘れてもコンビネーション・ナンバーで開けられるソフィステケイトの奴だ。
健太&とんまの「ドジ夫婦」にはこんなありがたいものはない!
そこで更にラナイの網戸を新しくして、
廊下にクローゼットまで付けてもらっている。

 ついさっきラナイの網戸を残して全て完了した!
今晩から2人で仲良く日本式風呂に入りまーす。
もちろん、家族計画が狂わないように気をつけますけど、、(汗)。

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September 20, 2009

ココヘッド、ワイアラエ、キング、ベルタニア、プナホウ&ワイルダー

Imgp2169カイムキ、ココヘッド通りの橋からフリーウェー西側を見たところ。
Imgp2171ココヘッド通りにある、カイムキ図書館へ!
Imgp2175信号をこっちに曲がってくる車は、ココヘッド通りからやってくる。向こうにちょっと見える海がまさにココヘッドのある海だ。昔はこの辺りからココヘッドが良く見えたので、「Koko Head Avenue」なんて呼ばれたんだろうね、、。
Imgp2176カイムキには面白い店が多いね!
Imgp2177床屋さんとゴルフやさん。
Imgp2181ごんのすけさんがハワイに来るといつもワインはここで買うそうだ。
Imgp2183ワイアラエ通りをわき道に行けばこんな住宅地に入ってゆく。
Imgp2188ワイアラエ通りにある「シークレッツ・ハーツ」、聖心女学院。
Imgp2190カイムキのマック。
Imgp2193この「セントルイス・ドライブイン」、地元ではけっこう人気がある!
Imgp2198シャミナード大学入り口。
Imgp2199路傍に咲く赤いハイビスカス。
Imgp2201日曜大工の材料は皆さんこちらで求める。この辺から「ホーム・デポ」はちょっと遠いからね、、。
Imgp22031967年ここに健太たちが初めてハワイに来た時に出演した「オアシス・ナイトクラブ」があった。右奥にベニヤ板のようなものが見えるよね?あの辺りに健太たちの寝泊りしていたアパートがあったんだ。
Imgp2206当時のハワイの家はみんなこんな家だったっけ、、、。
Imgp2207今度はワイアラエ通りの橋からフリウェーの西方向を見たところ。向こうに見えるのはパンチボールの丘。
Imgp2208「ハワイアン・ヒューマン・ソサエティー」。引き取り手のない動物を預けたり、欲しい人にそうした動物をもって行ってもらうところ。健太もとんまもワンちゃんが欲しいので、決してこういうところに近寄っちゃいけないのだ、、(汗)。
Imgp2209かなりマニアックなサーフ・ショップ。LAの友達もここにボードを預けている。
Imgp2221「日本文化センター」。後ろの鳥居がやけに現代的でユニークな形をしている。
Imgp2225健太が時々行くギター屋さん。先月ここでカマカのウクレレを買ったばかり。
Imgp2227ヘー、こんなところに「マラサダス店」があった!これって、車じゃあつい通り過ぎちゃうよね!
Imgp2228やっとセントラル・ユニオン・チャーチにやって来た。ココでブログ友のケンチャン&レイコさんのカップルが誕生した!
Imgp2235カピオラニ・メディカル・センター(チルドレン・ホスピタル)。
Imgp2236もう一度フリーウェーを渡る。今度はプナホウ通りの橋から東方向を見てみた。
Imgp2239オバマ大統領が卒業したハワイの名門「プナホウ・スクール」。
Imgp2241健太が旅行社で頑張っていた頃(1980年代はじめ)に住んでいたアパート。健太は別棟の8階に住んでいたんだ。ここを見ると胸が締め付けられる思いがする、、。朝は星空を見ながら出かけて、また夜も星空を見ながら帰って来る、なんてことが一体何度あっただろう、、、、(涙)。
Imgp2242確か1970年代中ごろだっただろう、サンディーがボイス・トレーニングに通っていたワイルダー・アベニューにある教会。健太はここへ良くサンディーを迎に来たっけ、、。
Imgp2247ここまで来ればもう健太の家は直ぐそばだ!
Imgp2250今日はこれだけ歩いた。元気いっぱいの健太です、、、(笑)!

 とんまはロスへ飛んだ。
そして日曜日なので風呂の工事は休み。
丁度良い!
図書館に行きたくて先ずバスでカイムキに向かった。
帰りはカイムキからマキキの健太の家まで歩く積りだった。
カイムキの街は何度もここで紹介しているけど、
ま、今日は写真を見ながら健太と一緒に歩いた積りで、
ローカル気分を味わってください。

 コースは、
カイムキのココヘッド・アベニューからワイアラエ・アベニューを西に下りて、
途中でちょっとS・キング・ストリートに入って、
ユニバーシティーの角でベルタニア・ストリートを選んだ。
そしてベルタニアを更に西に歩いて、
セントラル・ユニオン・チャーチ角のプナホウ・ストリートを右折、
最後にワイルダー・アベニューを上って行った。

 万歩計は比較的正確なオムロン(¥2000位)を利用したので、今回は正しい歩数だと思います。
100円ショップで買った万歩計はやっぱり当てにならないかも知れません、、(汗)。

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September 19, 2009

ダウンタウンの大火事!

Imgp4257タンタラスから見たダイアモンドヘッド!
Imgp4289アラモアナ通りと平行したケアワロ湾前の通り。
Imgp4330公園越しに見るダイアモンドヘッド。
Imgp4402向こうの半島はマカハ地区だ。
Imgp4462海に浮かぶカイルアのプレートアイランド。
Imgp4518未発表写真のラニカイのキングコングの背中、、(笑)!。

 日本人のハワイ移民初期にはハワイ史に残る沢山の事件が起きている。
今日はその中の一つを紹介したい。

 1899年12月、ホノルルにペストが発生した。
大流行したのはダウンタウン・チャイナタウンの20ブロック四方だけに留まるだろうと予想されたが、
その近くの各地からも死者が出た。
慌てた当局は影響を受けた建物の焼き払いを命じ、
1900年1月20日に火がつけられたが、
たちまちのうちに手のつけられないほど火の手が広がって、
12ブロックが全焼する大火事となってしまった。

 辺りで商売をしていた中国人グループは176万ドルの損害賠償をハワイ政府に要求した。
またそれまで日本人ハワイ移民者たちは何のグループも組織した事はなかったが、
この時はじめて団結して「臨時日本人会」なるものを組織、
ハワイ政府に63万ドルの賠償請求をした。
アメリカ議会はハワイ政府がそれらの要求に応じられるように、
100万ドルの援助金を承認した。
1903年、1ドルを50セントに値切るという形で、
最終的に中国人側に84万5000ドル、日本人側に33万300ドルが支払われた。

 臨時日本人会はその後一時解散したものの、
ペスト事件の影響がまだ強く残っていた1901年、
ペストの疑いのあった客を乗せた日本船がホノルルに入港、
乗客全員が検疫の対象になった。
しかし検疫官が日本人女性に対して強制的に必要以上の精密な検査を行った。
その女性たちの中の一人は外交官夫人で、他の2人は米本土に向かう途中の留学生だった。
日本領事館がその女性屈辱事件に抗議をするのを躊躇っている間に、
日本人は「ハワイ日本人会」を再び結成。
ルーズベルト大統領、合衆国会議、ワシントンの日本大使館へ抗議した。
その結果当局は検査官を免職し、
今後の検査のために女医を雇う事を約束した。

PS:今日は健太の沢山のPIXの中から、
  未発表のものを掲載させていただきました!

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September 18, 2009

よき時代の布哇(ハワイ)!

Imgp2074今日は天気が悪く良い写真が撮れませんでした。よって昨日の写真の続き。昨日は素晴らしい天気で、またまた向こうにモロカイ島、マウイ島が見えた!
Imgp2088マカプウ岬を降りてきてカイルア方向を見ている、、。
Imgp2117さて夕べはブログ友大会!場所は「チョイス・ガーデン(レストラン)」。集まったのは、アヒポキさん、池ちゃんご夫妻、ごんのすけさんご夫妻、BANIANNさんご夫妻、そして健太&とんまでした。写真は出てきた「バンチャン」の数々。ハワイの韓国レストランではこれらバンチャンは全部無料です。その上お変わりも出来るんだ!
Imgp2122焼肉は、カルビ、ロース、タン、プルコギ、ポーク、、。更にチジミ、スンドブ、セングル・ムチム等など!
Imgp2126セングル・ムチム。つまり「生牡蠣のキムチ、、」みたいなものです。これは美味い!お薦めの一品だ!
Imgp2134BANIANN さんごんのすけから頂いたお土産の数々。ここに載せきれないほど沢山頂ました!

 1970年ハワイの博文堂から発行された、
本田緑川著「電車・閑人帳」と言う本が今手元にある。
本田氏は1917年から1956年まで布哇新報社、布哇報知等で新聞記者として活躍した人らしい。
388ページにも及ぶこの本は、
1975年7月2日、
当時カピオラニにあった文文堂という書店で健太が求めたもの。
値段は1ドル77セント。
本の表紙の裏に領収書が貼ってあった。

 本田氏はその布哇報知新聞紙上で長年「電車日誌」なる随筆を掲載していた。
その続編らしきものを後に彼が創めた「週刊タイムス」に掲載。
それ等をまとめて、
この「電車・閑人帳」として発行されたらしい。
内容は今で言えば丁度この健太のブログのようなもので、
日に日に身の回りに起きた事を徒然なるままに書き記している。
読んでいるとその時代背景が良く読み取れて非常に興味深い。
今日はそ中の一説を掲載させていただこう。

 「マンゴ攻勢に弱る」

 布哇(布哇)州のマンゴで一番有名なのはラハイナ・マンゴで昔から名が通っておる。
今ではラハイナ・マンゴの名で市場に出るのは(実際は)「ヘーデン(マンゴの種類)」が多い。
このヘーデンが出始めてから本当のラハイナ・マンゴは消滅してしまったのではないかと思う。
ラハイナ・マンゴと言うのは改良を加えない前の、
昔ながらの小さいマンゴである。
1911年といえば半世紀前だが(これを書いているのが1960年頃)、
3日ほど親戚の家に泊まった時に飽きが来る位に食べたことがある。
大きさも形も普通のマンゴだが、味が良かった事は今でも忘れない。
そんなことからラハイナ・マンゴは昔ながらの小型にあると思っておる。
(中略)

 戦争直後(太平洋戦争)に家内が川原商会から買ってきたマンゴの木が、
今ではハウス(我が家)より高い位大きくなって、
毎年美味しいマンゴがなっておる。
ヘーデンにも4種類あるが、これが一番良種だと川原権次郎さんが選定してくれたそうで、
1本12ドルだったというが、それだけの値打ちはあると思っておる。
その代わり毎年マンゴ・シーズンになると弱らされる。

 青マンゴでまだ食べられもせぬうちから、
ヘーデンは紅がさして如何にも美味そうに見える。
それが少年たちの目の毒になり誘惑になる。
今年も盗まれたのが4回、貰いに来るのは決まって外人(白人)の子供らだけ、
そこへゆくと日系の子供は見上げたもので、武士は食わねど高楊枝、の気風があるといえる。
だから人種には関係なく、向こう三軒両隣には配ることにしている。
ところが思いがけない事は、
4軒からマンゴを頂戴したことがある。
カイムキの親類からは3回も送ってきたし、
今夏はマンゴ超満腹であった。
家庭経済を考えて家内がパパイヤを買わずに、
朝食のパパイヤの変わりにマンゴを切って出すという風で、
金がたまって困る人の気持ちが分かった。

 前週になって米人家庭の「クックさん」である若い婦人から、
マンゴの皮をむいてスライスにして大きなビンに詰め、
冷凍しておいて主人が一年中パパイヤのないときに食べておるという話と、
簡単な方法を知らしてくれたので試しに大きなジャー一個だけ冷凍してあるが、
上手く行けば宣伝しようと思っておる。
1961年の元旦に私宅に来訪した人は正月にマンゴを食う特典が付きそうである。

 
 文章が今風でなく、非常に読みつらいけど、
マンゴに関する当時の彼等の思いが手に取るように分かるのが面白い。
また「金がたまって困る人の気持ちが分かった、、」のくだりは、
彼独特のジョークだろう。
健太も今度マンゴを買ったら皮をむいて冷凍して、
マンゴやパパイヤのない時期に食べてみようと思っている。


 

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September 17, 2009

死ぬまで行き続けたい、ハワイのここ!

Imgp2049ハナウマとサンデー・ビーチの間のルック・アウト。
Imgp2055昔映画の舞台となった、そのちょっと先の小さなビーチ。
Imgp2056この海の青さはまさにハワイ独特だね!
Imgp2060向こうに見えるのがサンデー・ビーチ。
Imgp2064マカプウ・ポイントへ登る途中ワイキキ方向(西)を見るとこんな景色だ、、。左下に見える黒い岩が「ペレス・チェアー」!
Imgp2067またまた、やってきましたマカプウ・ライトハウス!
Imgp2077マカプウ岬から見たシーライフパーク方面!
Imgp2084「ラビットアイランドと言うより、ワンちゃんに見える!」とのBANIANNの見解でした。
そういえばワンちゃんが耳まで浸かって泳いでるみたいだね、、(笑)!如何ですか、Chiponnさん?
Imgp2091カラパワイ・マーケット。キャッシャーに可愛い娘ちゃん、今日はいませんでした、、(涙)。
Imgp2097twyokさんが良く利用する、バケーションハウス。今日は最高の天気だったのでまた1枚パシャリ!
Imgp2101こっちではキング・コング(右の島)が沖に出て行くところだ。それにしてもマカプウから見たワンちゃんにしても、このキング・コングにしても、沖に向かっているけど、一体どこに行くんだろう、、?

 今ブログ友の「ごんのすけさん」と「BANIANNさん」がハワイに来ている。
早速BANIANNさんとマカプウ岬(ポイント)へ行く事になった。
実はごんのすけさんもお誘いしたけど、
友達と他に行くところがあるとおっしゃるので取りあえず健太とBANIANNさんご夫妻3人で出かけた。
とんまは今健太の家の風呂を直しているので、残念だけどお留守ばーん、、(笑)。
BANIANNさんは今から30年ほど前にハワイに住んでいた。
と言っても、あの頃のハワイと今のハワイでは大分趣が違っていると思う。
そんなBANIANNさんも、
さすがにマカプウ岬へは行ったことがないというので、
ちょうど良かった。
何しろ北海道ではBANIANNさんには道東地区を、
全面的にこの春案内して頂いたばかりだから、
何とか恩返しの真似事でもしたかった。

 ご覧のように天気は最高。
色々文章で説明したかったけど、
説明しきれない。
だってこの海の色を見てご覧!
こんなすげー色をどうやって文章で表現するの?
少なくても今の健太の文章力では不可能です、、、(汗)。
それほど今日のマカプウ岬は最高でした。

 マカプウそしてカイルア・ビーチ、
健太は時間さえ有れば、命ある限り行き続けたいところだ!

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September 16, 2009

ハワイ王朝崩壊、、、

Imgp2028今日のハワイのガソリンの値段はこんなでした!
Imgp2030ケワロ湾に繋留されていたカタマラン。
Imgp2044ケワロ・ベイセン・パークから見たアラモアナ・ビーチ。
Imgp2036パドル・ボードを楽しむ人。
Imgp1192カラカウア王が贅を尽くして建てたと言われるハワイ王国の象徴、「イオラニ宮殿」。
 
 
 5世まで続いたカメハメハ王朝だったが、
カメハメハ5世が後継者を指名せずに急死した為1873年、
「民主の王」としてウイリアム・ルナリロが6代目のハワイ国王として選ばれた。
しかし彼は国政と外圧に押しつぶされ、
肺病を病みわずか1年の統治でこの世を去っていった。

 次に選ばれたのが「デビット・カラカウア王」だった。
カラカウアは女大酋長の娘でカウアイ島王族の「カピオラニ」と結婚、
その統治を強化し、更に世界の王国に学ぼうと世界漫遊の旅にでる。
1881年1月2日カラカウアは日本を訪問、
国賓として迎えられ大歓迎を受ける。
その間王は密かに明治天皇に内謁、
日本とハワイの関係強化のために「プリンセス・カイウラニ妃」を日本の皇族、
東伏見宮依仁親王に嫁がせたい旨を伝えたが、
後に日本側はこれを丁重に断ってきた。

 カラカウア王は1883年イオラニ宮殿を完成させ、
そこで盛大な即位式を行った。
それはハワイ古式と欧米各国の風習を取り入れたものだった。
高価な王冠、帯剣、などを欧州にオーダー、
更にカメハメハ大王の羽毛の外套、酋長のヒカリなどを纏って、
それは荘厳を極めた式となったと言う。
陽気な王として人民からは慕われていたものの、
カラカウアは王としての権力をことごとく駆使、
絶対君主を堅持し王政復古をスローガンにした。
また議員選挙にも自らの権力を利用して腹心の部下を当選させるなどの無茶を、
平気でやってのけた。

 そうした彼の態度に納税者であるプランテーションなどの白人米国企業家たちは明らかに不快感を示した。
1887年カラカウア腹心のギブソソン内閣に対する周囲からの反感が募り、
政府建物は武装勢力に占拠され内閣は解散。
元内務大臣だったロリン・サーソンの率いるグループは「銃剣憲法」なるものをカラカウアに押し付け、
強制的にサインをさせて新内閣を発足させた。
新内閣発足後王政復古色は時勢に逆らえず鳴りを潜めて行く。
そうした背景もあってか、
カラカウア王は健康を害してカリフォルニアに転地療養することになり、
1890年議会閉会後政務を「リリオカラニ」に託したまま1891年1月20日に客死。
55歳の生涯を閉じた。

 そんなカラカウア王も沢山の業績を残している。
一時禁止されていたフラを復活させたり、
ハワイアンのための保険局を設けたり、ルアウを頻繁に催したりもした。
現在まだ残っている物としては、
毎年ハワイ島で開かれているフラダンスの祭典「メリー・モナーク」が有名だ。

 1891年1月29日、リリオカラニが王位継承を宣言し、
53歳で女王となった。
リリオカラニは有名な酋長師弟学校で教育を受け、
1862年にオアフ島知事となった「ジョン・ドミニス」と結婚、
強硬な絶対君主主義を推し進めて政治を行おうとする。
リリオカラニは多岐にわたり豊かな才能に恵まていた。
彼女の作詞作曲した「アロハ・オエ」はあまりにも有名である。

 しかしリリオカラニ王権は新しい流れに乗りきれず、
1892年の議会は与野党による抗争で大荒れに荒れ、
最終的に野党側のサンフォード・ドイルを主席とする米国側のバックによる臨時政府を組織されるに至る。
女王と与党は流血を避けるため、
そうした野党側の一連の措置に強く抗議をしたものの一応服従することになる。
軍事力を駆使した白人達に完全に圧倒されてしまったのだ。
その後1895年1月16日、
ハワイアンたちをバックにハワイ女王の復帰叫ぶ反乱も起こしたが失敗に終わり、
女王は捕らえられ前宮殿に幽閉され王権の放棄を宣言させられた。
このことについてある歴史家が後に書いている。
「3万人のハワイアン原住民ではなく、
わずか30人のアメリカのビジネスマンがハワイを運命付けた」。

 こうしてカメハメハ大王が1795年建設したハワイ王朝は、
8代に亘る王政を経て、
1895年リリオカラニ女王が正式退位することにより、
100年間に及ぶロマンスの幕を閉じた。
その後リリオカラニは、
「イオラニ宮殿」に程近いワシントン・プレースにて75歳の生涯を終えた。

 Aloha 'oe
 
Aloha 'oe aloha 'oe
E Ke onaona no ho i ka lipo
one fond embrace, a ho 'i a 'e au
A hui hou aku.

 アロハオエ

さようなら さようなら
青い鳥に漂うあの香り
愛にあふれる抱擁、そして私は去って行く
いつしかまた会える日まで

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September 15, 2009

ハワイ日系人

Imgp2025今日のホノルルはご覧のように雲ひとつないハワイ晴れでした!
Imgp1802カイルア・ビーチ。そこに見える小さな島は「モク・ポポイア」、またの名を「Flat Island」と言う。
Imgp1991夕日に染まるワイキキの空。

 1868年は明治元年、
141名の男6名の女、そしてシンタロウという3歳になる男の子は、
イギリスの帆船サイオト号に乗ってハワイに到着した。
それがいわゆる「元年者」と呼ばれる日本初の移民団だった。
以来日本人移民は回を重ねて、
1941年の真珠湾攻撃時に至ってはハワイの人口の40%が日系人になっていた。
数の上では圧倒的に有利だった日系人も、
人種差別の前にその多くの者が苦しんでいた。
それが日本軍の真珠湾攻撃により、
更に立場が悪くなって行く。

 真珠湾攻撃直後その多くの日系人達は、
「反逆の恐れあり!」として検挙され、
1444名が強制的にハワイから米本土の収容所へ移された。
それは時の大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト意向によるものだった。
日系人全員が収容されたわけだはないが、
軍政により、日本語学校は閉鎖、日本語放送も禁止、仏教や神道、禅寺はことごとく解体された上に、
日本語新聞も徹底して検閲された。

 それでも多くの日系人達は、
自分たちのプライドを守るため、
またアメリカに忠義をあかすためアメリカ軍隊への志願をした。
しかし政府は当初それを受け入れなかった。
政府としては日系二世を全面的に信頼するには至らなかったのだ。
だが戦争が激しくなるに従がってアメリカも兵隊不足状態に陥って行った。
背に腹は変えられない、
政府はやがて日系二世部隊を招集することになる。

 1942年(真珠湾攻撃の翌年)6月5日、
日系二世ハワイ国民軍及び応集兵による第100大隊が編成された。
更に一年後100大隊では抱えられないほどに日系二世志願兵が増加したため、
第442戦闘連隊が編成され,イタリア最前線に送られた。
このとき生まれた有名な言葉がある。
「Go for broke !」
これがこの日系二世軍のスローガンだった。
「Go for broke !」をどう日本語に訳すかは色々意見はあるだろうが、
「当たって砕けろ!」とか、
「全力投球!」と言った事になるかもしれない。

 その後イタリア、フランスで戦ったそれらの二世軍団は、
数々の手柄を立てて祖国アメリカのために戦った。
しかしその戦闘は厳しく、36名の将校及び614名が死亡、
4500名が負傷したと言われている。
そうした貢献により、
7つの大統領感謝状、また6000にも及ぶ個人賞をその2つの二世部隊は獲得し、
その感謝状及び個人賞の数は他のどのアメリカの部隊よりも多かった。
戦闘を終えた彼等を、
ワシントンのホワイトハウスに集めて大統領ハリー・トルーマンは言った。
「あなた方は、敵軍との戦いに勝ったばかりではない。
偏見との戦いにも勝ったのだ!」

 今日こうして平和なハワイがあるのは、
そうした日系先人たちの、血と汗の結晶によるものだということも、
知っておいてもらいたいなあ、、、。

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September 14, 2009

人間は考える葦である、、

Imgp2017今日のランチはこのマルカイでお弁当を買いました!天気はご覧のように最高です!
Imgp2016マルカイの隣の「ファーマーズ・マーケット」。ここは健太たちが初めてハワイに来た1968年には既にあったっけ!
Imgp1906この前豪邸を見に行った時の、ワイアラエイキから見たハワイの海!
Imgp1944日本から頂いたお土産。このシャーペット、最高に美味でした!
Imgp2022最近読み返している「文章・How to」もの、、。

 健太のブログを読んでくださっている方は、少なくても文章を読むことに何の抵抗もない方達であるに違いない。
つまり健太は、ああででもないこうでもないと、、
どうでも良いことを事を取り上げては書き綴っていると言うのに、飽きずにちゃんと読んで下さっているからだ。
感謝以外の何物でもない。

 人は良く色々な事について考える。
それは仕事でのアイディアを求めていたり、日常生活での悩みを解決しようとしたり、
我々が生きてゆく上にそうしたアイディアは不可欠なものだからだ。

 健太も良く考える。
深く考えることはないにしても、ちょっとしたアイディアは常に必要だからだ。
例えば、
「次回のウクレレのレッスンは何をどうやって進行させようか、、」
とか、
「今日のブログが何をどう書こうか、、、」などなど、
毎日のように何かは考えている。

 例えば作曲をしようとする時などは、
1.どんな曲を作るのか?
2.歌を作るのか、それともインストルメンタルを作るのか?
3.リズムはどうするのか?
4.何が目的でその曲を作るのか?
5.出来上がった曲はどうするのか?
6.楽器編成はどうするのか?

1.は、ハワイを感じさせるような曲。
2.は、どちらにも使えるもの。
3.あまり激しくないリズムにする。
4.ハワイの良さを音楽にして見たいから。
5.いい曲が出来ればとりあえず録音してみたい。
6.もちろんギターとウクレレを主体にしたもの。

 こうした事を元に暫く考えていると、
不思議なもので、
必ずその目的に合ったメロディーがそれとなく頭の中に浮かんでくる。
それはまるで「頭の中で暖めていた卵が孵化する」様なものかもしれない。
だから考える事は人間生きてゆく上で絶対必要で、
考えれば必ず何か解決策は出てくるものだと健太は信じている。

 ウクレレ・レッスンで健太が口をすっぱくして語っている事に、
「もし本気で上手になりたいのなら、毎日10分でも15分でも練習すること。
時間が有れば一日中練習して欲しい!」
と言う言葉がある。
不思議なものでそうして、3月、半年、1年経つうちに苦手だったリズムも何とかできるようになって、
更にそれをきっかけに芋ズル式に次々と新しい技術が身について行くことが非常に多い。

 最近健太は文章を書く事をもっと勉強したくてまた以前に読んだ、
文章の「How to、、」物をほじくり返して読み直している。
しかし読んでいて気が付いた事は、
以前に読んだその本の内容はいつの間にか既に自分のものになっていること。
それどころかその著者に、
「それはこうじゃないの!?」
等と生意気にもいちゃもんをつけたい事もしばしばある、(笑)!

 いま述べた「アイディア」の事と、「ウクレレの練習」のこと、、、、
一見まるで違うように感じるかもしれないけど、
実はその両者の間には実に密接な関係があるような気がしてならない!

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September 13, 2009

ハワイ4校ゴルフ・コンペ

Imgp1994H1フリーウェー、もう直ぐカポレイの出口だ!
Imgp1997で、今日行ったのはここ、、、。
Imgp1999コース内のハイビスカス。
Imgp20021番ホールからの景色。
Imgp2013カポレイからの帰り道。左はH2へ、真ん中はH1、そして左はカメハメハ・ハイウェーへ。
Imgp0420コンペのパーティー会場はここ「ワイキキジョイ・ホテル」のカプチーノ・レストラン。
Imgp0424優勝校学習院の岸井さん左と、今回の幹事校、成城の伊東さん右!
Imgp0426カプチーノの看板娘の愛ちゃん!
Imgp0428カプチーノの2階はカラオケの「GS・スタジオ」。
「健太さん、プロなんだから1曲聞かせてくださいよ!」。「えーっ、でも健太はお金を貰わないと歌わないんですがねえ、、」「そうはおっしゃらず、1曲だけ歌っていただけませんか、、、」

 今日は成城、成蹊、学習院、武蔵の4校ゴルフ・コンペでした。
ゴルフ場は「カポレイ」、18ホール、6586ヤードのパー72。
去年は我が成蹊は2位。
何とか今年は優勝を狙いたいと思って参戦。
でもさ、健太はこれで今年2回目のゴルフだぜ、、、(汗)。
実はもっとプレーしたいんだけどゴルフって時間が掛かりすぎるんだよね。
残りの人生が短いって言うのに、ゴルフばっかりに時間は使えないよ。

 しかし頑張って何と個人で2位に入った!
まぐれだけどね、、(笑)!
何故ならば、ぺリア方式と言って隠しホールがあって、
そこで大きく叩くとハンディキャップが高くなるようになってる。
だからあまり平均して上手にプレーしちゃあ勝てない。
健太は上手い事、隠しホールで7(トリプル)なんか叩いていたので、
上位入賞が出来たって訳なんだ。
グロス96、ハンデ何と36でネット60でした、、(笑)!
そして今年の団体優勝校は、学習院、我が成蹊は今年も2位。
何のことはない万年2位って訳だ。

 コンペ表彰パーティはワイキキのジョイホテル、「レストラン・カプチーノ」。
と、そこまでは良かったんだけど、そのカプチーノの2階がカラオケ屋さんなんだよな、、。
つまり健太的には最悪の事態。
何故って、「健太さん歌ってくださいよ!」っとことに絶対なるからね!
案の定そんなことになっちゃった、、(汗)。
 しかし、2位になって賞金まで貰って「歌ってください!」、
って言われちゃあ断る訳には行かない。
男の意地!
お蔭様でやんやの喝采を頂いて帰って来ました、、(笑)!

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September 12, 2009

ハワイとワイン

Imgp1987「あっ、虹だ!」。今とんまの声で外を見ると、こんな感じで虹が見えた。健太は直ぐに時計を見て、「あっ、5時だ!」って言った。コマーシャルの見すぎ、、(汗)。
Imgp1975おや、どこかで見たねえこれ、、?ハワイ通の皆さんこれ何処にあるかわかりますか、、(笑)?
Imgp1976アアラモアナ・SCを北西方見たところ。
Imgp1978日本で食べて以来、今日アラモアナ・SCで久しぶりに食べた「ハーゲンダッズ」のラムレーズン・アイスクリーム!
Imgp1982何処のワインショップ?
Imgp1981値段もピンからキリまで、、。
Imgp1984こっちにもまだ棚があった!
Imgp1985この店品揃えもバッチリ、何と「オーパス・ワン」まであった!
Imgp1980実はこれ、アラモアナショッピング・センターのABCストアのワインコーナーでした。ABCも最近色んなことをやっているね。生存競争が激しいからなあ、、、。
Imgp1776この前「千房」で飲んだナパ・バレー・ワイン「Caymus 2007」。ちょっとボケちゃってごめんなさい、、。
Imgp1983これは同じく「Caymus」だけど2006年。アラモナ・SCのABC ストアにて。
Imgp1986カスコで買ったワイン。この前とんまのフライト仲間のご主人の薦め買ってみたら、なかなか美味しかったので今日も1本買って来ました。そうそう、この前ダイアルはMさんにもお薦めしました!

 健太はアルコールに弱い。
それでもビールは好きで良く飲む。
ま、飲んでも精々1、2本だね!
しかし付き合いで時には日本酒を飲んだりワインを飲んだり。
でも、正直言って未だにそれを美味いと思ったことがないんだなあ、、、(汗)。

 健太のブログによく登場するLAの友達は本当のワイン通で、
どこのレストランに行ってもワインを開ける。
長い付き合いの彼だけど、
正直言ってこの16年間レストランで彼がオーダーしてくれたワインを、
美味しいと思った事は一度もない。
要するに健太にはワインの味がわからないのさ。
幾ら高いワインを健太に飲ませても、所詮「猫に小判」!
ましてやレストランで開けるワインって奴はめちゃ高い、
一体彼は健太ととんまのために何本のワインを今まで開けてくれただろうか、
それを考えると本当に申し訳ない思いでいっぱいだ、、、(涙)。

 ところがこの前「ワイキキ・千房」で、
そのLAの友達が頼んだでくれたワインの香りをかいで驚いた。
<な、何だこれは!>
グラスに鼻を近付けると、「ホワー」っと、まさに、
まさに「芳醇な香り」が漂ってくる。
口の中にそのワインを入れるとまるで「チョコレート」のような、
まろやかで且つリッチな舌触り、
甘さ、しぶさ、酸っぱさ、、、
どれも邪魔にならないほどバランスが取れていて、
まるで天国の酒のような味!
つまり天国で酒を飲んだら、
きっとこんな味がするんじゃないかと思うような極上の味だ!
下から3番目のちょっとボケたワインの写真がその時のワイン、「Caymus 2007」だ。

 LAの友達と付き合いは既に16年、
「健太、ワインの味は最高だよ!」
やっと彼が言いたいことが健太に伝わった。
鈍い健太でごめんなさい、、、(汗)。
これを機会に少しワインを勉強してみようと思います。
ハワイとワイン、凄く相性は良いと思う!

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September 11, 2009

運命のウクレレ!

Imgp1969今日メインランドから届いた「マーチン」のテナー・ウクレレ!
Imgp1970マーチンのヘッド・ロゴ。
Imgp197117年間経ってもまだ新品同様のこの光沢見てください!
Imgp1966_217年前メインランドから来た婦人が買った時の、ハリース・ミュージック・ストアのレシート。「小さなスクラッチがあるので、ノー・タックス」と書いてある。健太にはそれらしいものは見つからないけどなあ、、。彼女の住所が書いてあったのでホワイト・アウトしました、、。
Imgp1426婦人が17年前マーチンのウクレレを買ったカイムキの「ハリース・ミュージック・ストア」。
Imgp1427ハリース・ミュージックの店内。うーむ、マーチンのウクレレは見当たらないなあ、、、。
Imgp1428ハリース・ミュージックの店で会った「エリック・クランプトン」さん。向こうはジミヘン、、かな、、、、(笑)!

 ウクレレの名器といえば、
カマカ、コアロハなどがあるけど、
「マーチン(マーティン)」も忘れてはならない。
マーチンと言えばアコースティック・ギターでも沢山の名器をこの世に送り出していることでも有名だ。
「とんま、俺マーチンのウクレレが欲しいんだ!」
「えつ?またウクレレ買うの?この前『カマキリ』とか何とかって言う良いククレレ、買ったばかりじゃない!」
「カマキリじゃないの、『カマカ』!」
「何でも良いけどさ、ちょっと買いすぎじゃない?それって、、」
「けど、健太はウクレレを教えてるんだぜ!やっぱりウクレレも最高のものが欲しい気持ち、分かるだろ?」
「そりゃ、分かるけど、、、一体幾ら位するのよ、その『マーチャン』ってやつ、、」
「マーチャンじゃないの、マーチン!」
「分かったわよ!で、幾らなの?」
「一応ピンキリだけど、コア製のビンテージの良いものだったら1万ドル位かな、、、。あと最近のテナーの良い奴で3000ドルくらいだと思うよ、、」
「馬鹿言ってんじゃないわよ!これから我が家は風呂の工事で大金が掛かるって言うのに、ウクレレにそんなお金!」
「、、、、、」
しかしどうしても諦め切れない健太、
オークションでウクレレを毎日のようにチェックしては溜息をついていた。

 ところが一週間ほど前に、
アメリカのネット・オークションで健太が欲しかったマーティン・のテナー・ウクレレが良い値段で出ていた。
もちろんコア製でディーラーで買えば3000ドルは下らない。
それがなんと3分の2以下で買えそうだ。
早速「即決金額」でビットする健太。

 直ぐにセラーから次のようなメールが入った!

You are one *Lucky Guy*...
When I first opened the case...I could not believe what I saw...
And listening to the 72 year old women tell me about how she bought another Ukulele
and then the guy talked her into this one also...
and then that she played it like 2 times and preferred the Hand Made Koa she bought at the
same time some. 
almost 20 ago so this one went into the closet and there it sat all these
years...

and guess what...
She paid? Exactly.....$1700 OTD (out the door)
$1540.00 for the Martin...$160.00 for the Custom Case (could be a Marin she doesn’t
remember....might see if "Harry's Music" is still in Honolulu....
and to top it off....
you buy it...
and now it will be returning Home after almost 20 years on the Main Land....

 つまり、
このセラーは72歳になる婦人からこのウクレレを入手したそうだが、
ケースを開けた時、
そのウクレレのあまりにも完璧な状態に驚いたそうだ。
彼がその婦人(領収書で見るとフランシス・オノさん)から聞いた話では、
このマーチンを買った時、同時にもう一つハンド・メイドのウクレレを買って、
そればかり弾いていたので、
このマーティンは2、3回爪弾いただけで押入れに入れてあったそうだ。
だから20年近く経って彼が受け取った時もまだ新品同様だったのだ!

 さらに驚いたことに、
その婦人が買った店が何と、
ハワイの「ハリース・ミュージック・ストア」!
その時、ウクレレ本体の値段は1540ドル、
ケースが160ドルトータルで1700ドルだった。
ご覧のように領収書までつけてくれている。
で、その値段は、健太が落札した値段と全く同じ金額だ!
まさに健太にとって「運命のウクレレ」と言える、、。

 17年(正確には)ぶりにハワイに戻ってきた、マーチャン、、、
じゃない、マーチン君の姿、
見てやってください、、(笑)!

 えつ?お金はどうしたかですか?
えーと、
健太のギター・コレクションの貴重な1本が、
この前見たら何故か姿を消してました、、(汗)!

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September 10, 2009

アメリカのワカメ!

Imgp1595モクレイア・ビーチで撮った良い写真がまだいっぱい残っているので、4枚ほどご覧下さい!先ず、カイト・ボードのカイトを操るロコ・ボーイ。
Imgp1604浅瀬で釣りを楽しむロコ達!
Imgp1615xモクレイア・ビーチを振り返って。ずーっと向こうの半島辺りがサンセットビーチだね!
Imgp1613カエナポイント、「このオアフ島で一番日本に近いところだ!」と言ってはしゃいでいた「とんま」の姿がちらり、、(笑)!

健太のなんちゃってウクレレ・レッスン第17回目。今回はC,Am,Dm,G7の巡回(循環)コードで、一遍に沢山の曲を弾いちゃおうってわけ!ワイルドワンズの「想い出の渚」も入ってる!

 日本食の人気上昇でアメリカでも最近需要が出てきた、
ある食品の一つが、
今アメリカを悩ませていると言う。

 カリフォルニア州の海洋学者や牡蠣養殖業者達は、
サンフランシスコ湾にしっかり根を下ろして地元の海藻類を尻目にどんどん繁殖している、
「わかめ」の駆除に真剣に悩まされている。
スミソニアン環境研究センターのチラ・ゼビン博士は、
このサンフランシスコの「わかめ」発見には明らかに不快感を示している。

 美味しくて健康食の「わかめ」ではあるものの、
その繁殖力が強く、
専門家たちは「世界の侵略的外来種ワースト100」の一つとして挙げている。
その伝播の経路は、
船底に付着したり、
船のバランスを取るための「バラスト水」にまぎれてやってくるようだ。

 2000年には先ずロスアンゼルス港とロングビーチで発見され、
その1年後に南はバハ・カリフォルニア、
北はモントレー・ベイまでに移動、
1日で1インチ成長する「わかめ」はカナダにまで北上できるという。
在来の海藻を脅かすばかりか、港やビーチを汚染し、
やがて腐っては悪臭を放つ。
サンフランシスコ北、
トマレス湾で牡蠣養殖業を営む業者達は「何れこの湾にもワカメはやってくるだろう、、」、
と従業員達に、「わかめ」の発見法と駆除法を教え始めていると言う、、、。

 今年の春北海道・根室に行った時、
地元漁民に聞いた話によると、
「わかめ」を取るために北方領土近海に出かける根室漁民たちは、
船一隻につき、45万円をその「わかめ採取料」としてロシアに支払っているという、、、。

 この際その漁民の皆さんはカリフォルニアに行って、
アメリカ人にとって邪魔者である「わかめ」を、
廉価で駆除してあげれば良いんじゃないのかなあ、、
きっと儲かると思うよ、、(笑)!

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September 09, 2009

7500万円の盗まれたワイランド!

Imgp1900今日は知り合いのワイアラエ・イキの豪邸へ!そこから見たダイアモンドヘッドの後姿。
Imgp1927その豪邸から見た、ソニー・オープンで有名なワイアラエ・カントリー・クラブ。
Imgp1933豪邸の中庭。
Imgp1930その中庭にあるプール!
Imgp1898その近くの道路から撮ったダイアモンドヘッドとブーゲンべりア。
Wyland1盗まれたWylandの絵!

 日曜日の夜、ルーワース通りのワイランド・ギャラリーの一枚の絵が盗まれた。
盗まれたのはワイランドのオリジナル・オイルペイント1枚。
値段にして$700,000(7500万円相当)。

 目撃者によると犯人は壁に掛かった1枚の絵を外すと、
通りに停めてあった女が運転するブルーのGMCピックアップ・トラックのに荷台に載せて、
早々に逃げ去ったと言う。

 店員のアート・コンサルタントのブルース・クラカウアー氏の話では、
盗まれたそのオリジナル・オイルペイントは、
コア製フレームに入った縦6フィート横4フィートの大きさで、
ドルフィン、キラー・ホウェール、カラフルな熱帯魚などの描かれたもの。
まさにワイランドのクラッシックでも最高作品の一つだと言う。

 この事件をワイランド氏本人も非常に悲しんでおり、
この絵を見つけたくれた人には2000ドルの現金、
または彼が描いたチャイニーズ・ブラッシ・ペインティングによる絵を、
報酬として用意しているという。

 目撃者の更なる証言によると、
GMCのピックアップ・トラックのライセンスナンバープレートには、
668Qと言う文字と、Cの文字があって、
真ん中の数字か文字がテープで隠されていたと言う、、。
 
 まさかこの絵、シンジケートの手により、
既に日本に運ばれてしまった、、
なんて事はないかなあ、、、、。

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September 08, 2009

ラニカイ・トレイル制覇!

Imgp1799誰もいない朝のカイルア・ビーチ。
Imgp1804ラニカイ・トレイルの入り口向えの「ミッド・パック・ゴルフコース」18番ホール。
Imgp1805これが目印。この先にトレイルの入り口の看板があるはず!そうですよねえ、木村オハナさん?
Imgp1806これこれ!これが入り口のサイン。この右側から登ってゆく!
Imgp1809わーお!急な山道だったけど、ちょっと登ったらこんな景色が!!
Imgp1821「山側の景色も素晴らしいでしょ!」と興奮するくろしばヒコさん。
Imgp1831あれが、双子島と呼ばれるモクルア島の、モクヌイ島とモクイキ島だ!
Imgp1834見下ろしているのはラニカイビーチ。なんちゅう海の色だ!
Imgp1836小屋の上に上っているのはメインランドから来た女の娘たち。
Imgp1840逆光で残念だけど、一番突端がマカプウ・ポイントだ。
Imgp1858下りのなだらかなところで振り返るchiponnさん。
Imgp1851夕べ開いたと思われる月下美人。
Imgp1867カラパワイ・マーケットで何故かトマトを頬張るchiponnさん!
Imgp1871カラパワイ・マーケットの前でレンタル・カヤックを運ぶ観光客たち。
Imgp1862twyokさん、この前よりはいい天気なので撮りなおしました。
Imgp1865twyokさん、泊まったのこっちの建物?
Imgp1875カラパワイ・マーケット前のカージナル親子。頭の茶色いのが子供。頭の赤い親に餌をねだって鳴いていた。
Imgp1879多分ラニカイ・トレイルだけで5000歩くらいだったと思います。
 今日はくろしばヒコさんからの問題ですが、ごめんなさい!問題が良く聞こえません。「ラニカイの海に浮かぶ島2つの左側の島の「ニックネーム」は何でしょうか?」と言うのが問題です。
 
 行って来ました、「ラニカイ・トレッキング」!
朝8時、アヒポキさんから電話が入った。
「健太さん、これからそちらに迎えに行きます!」
電話はコンベンション・センター辺りからだと言う。
あそこからなら健太の家まで10分だ。
早速階下に降りてコンドの前で待っているとchiponnさんが運転するシボレーがやってきた。
一行はchiponnさん、くろしばヒコさん、そしてアヒポキさんの3人!
「お早うございます!」
「天気、なんだかいまいちですね、、」
不安そうに皆で見上げる空は曇り。
それにこれから向かう方向はしっかり雨が降っている、、(汗)。

 「でも一昨日のこともあるし、またトンネルを過ぎたら晴れてるかもね!」
chiponnさんの前向きな発言!
車は雨のパリ・ハイウェーをガンガン走ってゆく。
アメ車は馬力はあるよね!
パリの山頂は相当な雨だ。
やがて車はトンネルに差し掛かった。
パリのトンネルはとても古いトンネル。
中の明かりも薄暗くてよく見えない。
あそこのトンネルは2つある。
一つ目のトンネルと2つ目のトンネルの間ではまだ雨が、、、。
シーンと静かな4人、、、。

 「わっ、また晴れてるぞ!」
2つ目のトンネルを抜ける寸前にもう表の景色が見えて、
青い空も見える!
「わーい、わい!」
年がいもなくはしゃぐ4人のおじさんおばさん。
はたから見たら、
きっとまともには見えなかっただろう、、(汗)。

 カイルアビーチを過ぎて真っ直ぐ、
車はゴルフコース方向へ右折した。
時が経つにつれてどんどん日差しも強く、
かつ雲が少なくなってゆく。
車をゴルフコースのフェンス脇に止めてとレイルに向かう4人。
みんな笑顔いっぱい、元気いっぱいだ!
時計は、と見ると9AMを指していた。

 報告によると、木村オハナさんは最初の登りでこけたらしい。
確かに急な坂道なので、
ざらざらとした急勾配では直ぐにスリップしてしまいそうだ!
その助言のお蔭で、
4人誰1人としてこける者はなかった。

 坂が急なだけに少し登っただけでも既にカイルアの海が眼下に広がった。
しかしまだ朝で陽が弱いのか、
海の色もいまいち。
途中で白人カップルとすれ違う。
上方を見るとまだ数人の姿が見える。

 20分ほどで山頂らしき小屋に到達。
かつては軍の施設だったらしく、
丁度物見台のようになっているセメント小屋だ。
ここからの景色でもう十分すぎるほど素晴らしい!
「この先まだあるのかなあ、、」
探究心のかたまりのくろしばヒコさん、
小屋の先に健太も廻ってみるとなんと上にはもう一つ小屋があった。
辺りは「月下美人」の群生。
夕べ開いたと思われる花が少ししおれて沢山見える。
更に先の小屋まで歩く健太とくろしばヒコさん。
chiponnさんアヒポキさんが後に続く!

  って訳で、しっかり「ラニカイ・トレイル」、制覇してきました!
時間にして往復1時間のコース。
最高の景色を楽しんできました。
歩数は多分5000歩程度だと思います。

PS:ラニカイ・トレイルはこの先にまだ続いています!

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September 07, 2009

「キャプテン・クック」を知ってる?

Imgp1793ハワイの空もすっかり秋らしい。プルメリアとブーゲンべりア。
Imgp1787ヌアヌのハワイ金閣寺とプルメリア。
Imgp1794ヌアヌのハワイ王朝陵墓。ここにはカメハメハ大王とルナリロを除いた王室の全遺体が眠っていると言われている。
Imgp1780夕べワイキキ「千房」で偶然隣合わせになった、関西から来た理恵ちゃん(左)と知美ちゃん!Have a nice trip !
Imgp1786chiponnさんが持ってきてくださった「Sggieさん」からのお土産、ハワイには絶対ないNissinのハワイアン・ヌードル!Sggieさん、美味しく頂きました、、(笑)!

 17日日曜日、
午前11時までに「ディスカバリー号」は18フィートの深さのところに無事錨を下ろした。
私たちが停泊した、現地人が「カラカコオア(ケアラケクア湾)」と呼んでいるこの港は好都合な港であった。
マストや操帆装置が破壊されて困っていただけに、
やっと修理に適した場所を探したという安堵感で心が落ち着いた。

 停泊後、私たちの2隻の船(ディスカバリー号及びレゾリューション号)目掛けて、
何十人、何百人もの現地人が押し寄せてきた。
その光景はまるで魚の大群が船の周りを泳いでいるようだった!
私はこの珍しい光景に感動し、
この重要な発見で私たちの航海が実りあるものにする事が出来た、、
と喜びを噛み締めた。
母国へ帰る北方航路を探すことに失敗はしたものの、
サンドイッチ諸島(キャプテン・クックが命名したハワイ諸島の名前)を再訪問することによって、
この重大な新発見が出来たのである。

 錨を下ろしてからそれほど時が経たない中に、
あまりにも多くの現地民が我々のディスカバリー号の片側に乗り込んだので、
船はひどく傾き始めた。
乗組員はディスカバリー号になだれ込んで来る現地民を止めることは全く不可能だった。
船が損害を受けないかと気使ったキャプテン・ジェームス・クックは、
パレエア酋長に彼の気持ちを身振り手振りで告げた。
「連中を何とかとこの船から離れるようにして欲しい、、」
パレエア酋長はそのクックの要請に答えて、
現地民の部下たちに命令、
あっという間に船上の厄介者と船の周りを廻っていたカヌーを追い払った。
この様子を見ていて、
島の酋長たちが絶対的権力を持って平民達を支配していることを私達は知った。
(1779年1月17日、ハワイを発見したジェームス・クック船長が、
ハワイ島の「ケアラケクア湾」に到着した時の、
公式英国海軍本部の報告より。)

 クック船長一行が「ケアラケクア湾」に入った1779年1月17日は、
偶然にも現地民がこの海辺で「ロノ・イカ・マカヒキ」と言う神を称える年に一度のマカヒキ祭りの最中で、
クックはその「ノロの神の現われだ!」と思われ、
最高の歓迎と壮麗な儀式を受けた。
2週間続いた儀式が終ったところでクックは「ケアラケクア湾」を去ることを決意した。
そして2月4日、ディスカバリー号とレゾリューション号は出港した。

 ところがハワイ島の北海岸で激しい冬のハリケーンにあい、
破損したレゾリューション号の最前部マストを修理するために、
ケアラケクア湾に戻らねばならなかった。
しかしキャプテン・クック達が戻ったケアラケクア湾では既に「マカヒキ祭り」は終わり、
カラニオプウ酋長がケアラケクア湾を「カプー地区(進入禁止)」としていたため、
人の姿は殆ど見られなかった。。
数人の現地人がクックたちを暖かく迎え入れてくれたものの、
以前ほどの熱狂的なものではなかった。
そればかりか、
彼等は船のものを頻繁に盗むようになった。
彼等の目的は当時ハワイにはなかった金属製品ばかりだった。

 更に現地民達は、
「ロノの神」であるはずのクックの所有物である船がひどく破損していることを知って、
不審を抱き始めた。
<神の船がこんなことになるなんて、、>
一方キャプテン・クック達にとって腹立たしい盗難は日を増して激しくなり、
ついに2月13日の夜には「ディスカバリー号」の小艇が盗まれるまでに至った。
この事件はキャプテン・クックを激怒させた。

 クックは小艇が返されるまでカラニオプウ酋長を人質にしようと、
9人の部下を連れて陸へと向かった。
しかしこれは失敗に終わり、
大乱闘となった。
大勢のハワイ闘士たちがクックたちを投石、こん棒などで攻撃、
5人の船員達は命からがら逃げ出したが、
遂にクックほか4名の船員は、
ケアラケクア湾で悲惨な死を遂げることになってしまった。

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September 06, 2009

H1・フリーウェーは雨、H3は?

Imgp1753H3を走って、カネオヘのベースの入り口に着いた。
Imgp1755ベースの入り口、軍用機のディスプレー。
Imgp1757カネオヘ湾。向こうに見える島は「ココナツ・アイランド」!
Imgp1769カネオヘとカイルアは隣街同士。帰りにまたぞろ寄ってみた、「カラパワイ・マーケット」!
Imgp1771今日のカラパワイ・マーケットの可愛い娘ちゃんはこの娘だ!
Imgp1767カラパワイに寄った理由はもちろん可愛い娘ちゃんが目的、、ではあるけど、実はtwyokさんから是非この家の写真を撮ってきて欲しいとの要望があったからだ。このコテージはカラパワイ・マーケットの左側2軒目で、twyokさんがよく宿泊するところだそうだ!
Imgp1752Chiponnさん達とのランチはまた「ゆっちゃん」の冷麺を!冷麺はつい先だって載せたばかりなので、「ゆっちゃん」の3人娘(ウェイトレス)にご登場願いました、、(笑)!

 ホノルルは朝から雨模様。
昼には晴れると思ったら、
逆に更に降りが激しくなってきた。
そんな中、今ハワイに来ているChiponnさんご一向3人と(奥様とお姉様)ランチで「ゆっちゃん」へ!
ランチの後、雨中だけどドライブに出発することにした。
<H3ならもしかして幾らかは天気が良いかも知れない、、>
半分ギャンブルでH1に入った健太のMB。
H1の路面には激しく雨が跳ねている。

 「あれが『この木なんの木』ですよ!」
H1フリーウェーを西に走るとき大抵皆さんにそう案内する健太。
車窓に映る『この木、、』は雨に霞んで何処か冴えない。
車がアロハ・スタジアムに近づくとやがてH3に入るサインが見えてくる。
雨は一向に止みそうもない。
H3の制限速度は60マイル。
雨で危険なので55マイルで走る健太。
Chiponnさんたちの顔は外の雨模様に少しがっかりした様子だ。

 H3も半ばに差し掛かるとトンネルがある。
長いトンネルだ。
ドライバーたちは皆一様にスピードを落としている。
やがて明り取りのようにトンネルの出口が見え始めた。
トンネルを出るとカネオヘ湾が一望に見渡せるはず。
<しかしこの天気じゃあなあ、、、>
健太は期待はしていない。
「健太さん!晴れてるよ!」
トンネルを出るとChiponnさんがまっ先に声を上げた!
言われるままに眼下に目をやると、
なんと青空の下にシャーペットトーンのカネオヘ湾が見えるじゃないか!
「本当だ、晴れてる!」

 H1の雨が信じられないほど、
そこには青空があった。
車はH3の最終地点「カネオヘ・ベース」入り口右側の駐車場へ入る。
車を降りると、ここぞとばかり写真を撮りまくる健太。
一番最初の写真もその一枚だ。
Chiponnさんも盛んにあたりの景色をカメラに収めている。
と、その時!
「Hey you guys, don't take pictures arround here!」
門兵が大きな声で言った。
どうやらその門兵が言っているのは、
「門の左側は撮ってはいけない。でも右側ならOK !」
ってことらしい、、。
健太にとっては右も左も、大して変わらない景色にみえるんだけどなあ、、(汗)。

 今もう自宅に戻ってきたけど、
健太のコンピューター席から見るダイアモンドヘッド様は、
まだ完全に雨に煙っている、、、。

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September 05, 2009

再び空飛ぶとんまと健太!

Imgp1568今日はLAの友達がノースにあるクアアイナのバーガーが食べたいというので、健太もとんまも大喜びで向かった。何しろ本場は初めてだからね!
Imgp1567健太はこれ、「ベーコン・バーガー」を!とんまと友達のオーダーしたものは、何故か画素数が多くてアップ出来ませんでした、、(汗)。
Imgp1570そしてカメハメハ・ハイウェーをハレイワで左折した、、、。ここは「ハレイワ・ボート・ハーバー」!
Imgp1573暫く行くとワイアルアに到着!そこはかつてのシュガー・プランテーションだ。
Imgp1576オワフ島も、このワイアルアでコーヒーを作っている!
Imgp1581ワイアルアに咲く可憐な花。名前、どなたかご存知でしょうか?向こうに見えるのはプランテーションの煙突。
Imgp1586カイト・ボードのメッカ「モクレイア・ビーチ」だ!
Imgp1592ずっと向こうに見えるのがサンセット・ビーチ!
Imgp1599さすが「モクレイア・ビーチ」、海水浴客は殆どいない。向こうに見える半島はオアフ島の最西端、、。
Imgp1617その最先端の「カエナ・ポイント」。これ以上先へは車では行けない。
Imgp1606あの突端を回るとヨコハマ・ベイ、マカハ方面になる。
Imgp1635ここはセスナなどの飛行場「デリングハム・空港」。
Imgp1631「健太、あたしこれに乗りたい!」、、「えつ?こ、、これにかよ!」
Imgp1645「しょうがないなー、、。じゃ乗ってみるか!」。パイロットはドワイトさん。
Imgp1648セスナに引っ張られてたちまちのうちに上空へ昇ったグライダー!「あっ、さっきのカイと・ボードのモクレイア・ビーチが見える!」
Imgp1655さっき走った滑走路がもうあんなに小さく見える!それこそ向こうの方はサンセット・ビーチだね!
Imgp1671スピードは55マイル、高度は2000フィートだ!
Imgp1681今度下に見えるビーチは「ヨコハマ・ベイ」で、あの半島の向ウがマカハ地区!
Imgp1685わー、滑走路がもうあんなに遠い!
Imgp1717えーっ、もう着陸ですかドワイトさん?
Imgp1724帰りのH1フリーウェーで見えた虹!
Imgp1725夕食はLAの友達からのご招待でハイヤットのチャウメンへ!
Imgp1726ワイン好きの彼、出てくるワイン、そして料理の数々!
Imgp1744モンゴリアンビー・W・ブラックビーンズ。写真が多すぎたので、代表的料理を一つ。

 今日は写真を見て楽しんでください。
いまLA から来ている友達夫妻はもうハワイの事は大方知り尽くしているので、
今日はハレイワからノスショアーに抜けないで、
ハレイワを左に折れて、
モクレイア・ビーチに向かった。
さすがの友達夫妻もモクレイア・ビーチは初体験。
マカハと同じように道路標識に拳銃の弾痕が残っているようなところなので、
あまり安全とはいえない地域かも知れないけど、
昼間で、しかも殆ど車の中なら安心だと思って兎に角向かった。
ま、そういう健太、実は一昨年ここを歩いたんだけどね、、(汗)。

 さて、最後にデリングハム・エアポートでとんまに駄々をこねられて、
皆でグライダーに乗ることになった。
怖がる友達を強引にグライダーに押し込むとんま!
友達の奥さんの方はへっちゃらでした、、(笑)!
やっぱり女性は強いね!
健太はというと、
去年Chiponnさんに連れて行っていただいた「パラグライダー」を思い出して、
わくわく、とても楽しいフライトが出来ました!
 
 今日は写真も多いし時間もないので、これで失礼しまーす!
最も最近ちょっと写真が多すぎるかもね、、(汗)。

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September 04, 2009

カイムキ、カハラ、ダイアモンドヘッド、ワイキキ!

Imgp1414今日はカイムキから歩いてみた。
Imgp1408カイムキの街はホノルルのキッチンと呼ばれるほどレストランが多い!
Imgp1425とんま、ランチはここにする?
Imgp1437「こっちが良いなー、、」、、って、入ったのはここ。初めて入るけど、表から見ているとここは何時も混んでる、、。向こうに「まぐろ屋」の看板が見える。
Imgp1440健太が「ハムサンド」、とんまが「ロブスタービスク」でした。
Imgp1441壁に飾られた数々の賞状。さすが色んな賞を貰ってるレストラン、美味しかった!
Imgp1444とんまと分かれて、一人歩いて行く健太。ワイアラエ・アベニューをカハラに抜けるところで撮ったハイビスカス。
Imgp1450ワイアラエ・アベニューとフリーウェー越しに見るココヘッド。
Imgp1458カイムキからカハラモールまではそれほど遠くない。
Imgp1464カハラモールのメーシーズ。このビルは男性専門だね!
Imgp1467この道を入ってゆくとカハラの高級住宅地だ。
Imgp1470カハラ地区にはコンドが少ない。珍しいカハラのコンド、ザ・リージェンシー・アット・カハラ!
Imgp1476カハラの脇キラウエア通りを行くとダイアモンドヘッドの裏にでる。
Imgp1481キラウエア・ディストリクト・パーク。ダイアモンドへッドの真後ろだ。
Imgp1485ダイアモンドヘッド通りに出た!
Imgp1488ダイアモンドヘッドの入り口。
Imgp1490カピオラニ・コミュニティー・カレッジ、KCCだ。明日ここの朝市にchiponnさんご夫妻が行くそうだ。なんでも新鮮で安いと聞く!
Imgp1500モンサラット通りに来た。ここまで来ればワイキキはもう直ぐそこだね!でもこの辺でシャワーが、、(汗)。
Imgp1509カピオラニ公園の「クイーン・カピオラニ像」。勇気ある女王として後々までその名を轟かせている。
Imgp1511遂にワイキキに出た!今週末は「沖縄・フェスティバル」が行われるので、その幟が軒並み飾られている。
Imgp1516えー?僕そんなところで釣れますかー?
Imgp1521ハイヤット・リージェンシー。今日からLAの友達がここに泊まっている。
Imgp1522キングス・ビレッジ。
Imgp1523な、なんと、今日は後一歩で1万歩だったんだ!
Imgp1530夕日のアラモアナ・SC。
Imgp1536夕食はここ「ロンギース」で花火を見ながら!臨時収入が入ったからちょっと無理をしちゃいました、、(汗)。

 今日は予定通り歩きにでた。
天気は雲が多くていまいちだけど、
ま、何とかタイミングに寄っちゃあ良い写真も撮れるかも知れない。

 ランチをカイムキでとんまと済ませて、
そこから一人でカハラに向かって歩き出した。
カイムキ、カハラ、そしてダイアモンドヘッド、
更にワイキキと言うコース。
予定通り、約2時間半で完歩した。

 カピオラニ・パークでは、
ご覧のクイーン・カピオラニ像をパシャリ。
これも予定通りだ。
つまり今日はクイーン・カピオラニについてちょっと一言述べたかったからだ。

 キャプテン・クックがハワイを発見してからと言うもの、
ハワイにも西洋文化が怒涛の如く押し寄せてきた。
まさに当時のハワイアンたちにとって、それはカルチュラル・ショックだった。
便利でソフィスティケイトな西洋文化に染まっていったハワイアンたちも、
さすがに「ペレ」等、彼等の神々を捨てることは出来なかった。

 1823年、キリスト教伝道師はハワイ各地を巡回伝道した。
キラウエア火山の火口は神聖なペレの住家、
そこに人が足を踏み入れる事などは完全にタブーとされていた。
キリスト教伝道師一向はそれを無視して、
キラウエア火山を訪れ、
火口と火口内の噴火活動に関してその事実を説いて回った。
ハワイアンたちはタブーを破って火口に足を踏み入れたキリスト教伝道師たちが、
何の被害も蒙らなかったことに驚きの目を見張った。

 クイーン・カピオラニはこれらの出来事から、
火の女神「ペレ」への崇拝を打破することを決意したが、
それを聞いたペレの僧侶たちは「きっとカピオラニには神罰が加えられる!」と恐れた。
またカピオラニの周りの者たちもこぞってカピオラニの態度を改めるよう説得しようとした。
しかしある日、
カピオラニはそれらを無視して火口へと向かうためコナを出発、
やがて火山地帯に入った。
そこに現われたのはペレに仕えるという女僧侶。
僧侶は、カピオラニが火口に近づけば、
たちどころにペレの怒りに触れて死の憂き目に会うだろうと怒り狂った。
そこでカピオラニは静かに言った。
「私はこの身体に神を宿すものだ!」といった。
更に進むと、
火口にペレの食べ物を投げ込む役の男たち2人が、
「この先に入ってはならぬ!ペレに殺されるぞ!」と怒鳴った。
カピオラニはびくともせず、
「私は貴方たちの神に殺されはしない。この火口の火は、私の神が燃やしているのだ!」

 その後カピオラニは何事もなくヒロの街へと降りていった。
彼女の行動は瞬く間にハワイ中に知れ渡り、
多くのハワイアンたちはその後キリスト教に帰依したと言われる。

 


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September 03, 2009

カラパワイとは何ぞや?

Imgp1327カイルアRD、とある家の住所表示、、。
Imgp1329カイルアRDの道路標識。
Imgp1342ブーゲンべりアと「カラパワイ・マーケット」。
Imgp1382カラパワイ・マーケットのオープンエアー席。ここで皆サンドイッチなんかを食べている。twyokさん、懐かしいでしょ、、(笑)!
Imgp1383x昨日飲んだのは、ワイアルアの「パイナップル・ソーダ」。このシリーズ、ごんのすけさんご指摘のようにちょっと甘過ぎるけど、健太的にはマンゴ、リリコイ、クリームよりこれが一番美味しく思えた。
Imgp1357空に眩い「カイトボードのカイト」、、。
Imgp1361このウィンドサーフィンに乗っていたのは、なんと、60歳近いと思われる日本人男性だった!
Imgp1370あっ、向こうに見えるのはキングコングの後姿だ。ねえ、chiponnさん!
Imgp1374ライフガードのボード。こんなものにお世話にならないようしましょう!
Imgp1390カイルア・タウンの四つ角。カイルア・ビーチやラニカイはここを右へ!
Imgp1402健太のぼろぼろになった「Hawaiian Dictionary」。これでも昔は、ハワイアンを本気で勉強しようと思ったこともあったんだけどなあ、、(汗)。

 カイルア・ビーチは約5マイルにわたって砂浜が広がっていて、
大きく分けると7つの名前が付けられている。

 沖に向かって一番左側から「キャッスル・ビーチ」、
「ショア・ブレイク」、「カラマ・ビーチ」、「カラパワイ」、「カワイロア」、
「ラニカイ・ポイント」そして「ラニカイ・ビーチ」だ。

 「キャッスル・ビーチ」はサーフィン、ボディーサーフィンに最適、
また「ショア・ブレイク」はビギナー向けのサーフ・スポットでもあり、ボディサーフィンや水泳に適している。
「カラマ・ビーチ」は同様の目的に適している上にトイレもシャワー、ピクニック・エリアも完備している。

 「カラパワイ」はウィンド・サーフィン、カイトボード、またカヤックなどの起点になっている。
更に「カワイロア」はスノーケリング、カヤックやアウトリガー・カヌーで運河へアクセスするのに最適な場所だ。
「ラニカイ・ポイント」は溶岩に囲まれた潮溜まりがあって、子供たちの水遊びには最高!
そして最後のお馴染み「ラニカイ・ビーチ」は、
スノーケリングはもとより、セーリングやカヌーも楽しめる。
時にラッキーならば海亀にもお目にかかれることでも有名だ。

 それにしてもこの辺りのネーミング、
ちょっと気になる。
「ラニカイ」は皆さんもうご存知かもしれないけど「ラニ=天国」、「カイ=海」で、
天国の海。
しかしそれって健太に言わせれば出来すぎで、
「ラニ」には「天国」と言う意味もあるけど、
むしろ「ラニ=空」の意味を取って、
「空と海が一緒になった処、、」と解釈したほうが自然な気がする。
まさに、空と海の境界線はあっても、まるでそれらが一体になって感じられるところ、、、。
古代ハワイアンたちが宇宙と地上の現象を常に関連づけた思想を重んじていた事から考えても、
あながちそれは否定できないような気がする。
かつてポリネシアの島々を、
夜空の星を目標にしながら航海してハワイにたどり着いた古代ハワイアンたち、
彼等にとって空と海に対する思いは、
我々が想像するよりずっと深かったに違いない。

 一方「カラパワイ」は、、と言うと、
健太のハワイアン辞書によると、
「KALAPA(カラパ)=Sulphur=硫黄=硫黄色=黄緑色、、」
「WAI(ワイ)=Water、Liquid any kind of other than sea water、Juice=飲めるような水、、」
と言うことで、あの辺りの海を「まるで海の水ではないような、黄緑色の飲めるような水、、」と、
表現したのかもしれない。

 今日の午前中は曇りがちなホノルルだったけど、
午後には何とか晴れ渡ってきた。
それでもこんな時良い写真は撮り難いので、
表には出ずじまい。
今日の写真は昨日のカイルア・ビーチに行ったときのもです。

 明日には何とかまた歩きに出たいなあ、、、。

 

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September 02, 2009

バスと歩きで、「カイルア・ビーチ」へ!

Imgp1307カイルア・ビーチに行くにはアラモアナからこの57番に乗って、、
Imgp1314カイルアの街のこのメーシーズの前で降りる。
Imgp1315これがその降りたバス停。
Imgp1313バス停の迎側にはカイルア・ショッピング・センターがあるので、そこをぶらっと見てもいいし、、
Imgp1308バス停側のSCには「テディース(Teddys)」もあるから、そこで人気のハンバーガーなんか食べてもいい!
Imgp1317左手にこの広い校庭を見て進んで行く。
Imgp1318歩くカイルアRDはこんな感じ、、。
Imgp1320更に行くと左手にこんな家がある。
Imgp1321右にこんな教会が見えたらもう直ぐ左へ曲がるよ!
Imgp1322そう、このふた股を左に行くんだ。
Imgp1325そしてこんな道が続く。
Imgp1326どこかの家に咲くハイビスカスを眺めたりして、、、
Imgp1333ここまで来ればもう直ぐそば。ほら、先にグリーンの建物が見えるだろ?あれがお馴染み、「カラパワイ・マーケット」だ!
Imgp1340ついに来たぞ、カラパワイ・マーケット!!このまま突き当たりが「カイルア・ビーチ」!
Imgp1347着きました、カイルア・ビーチ・パーク!
Imgp1348ダイアルはMさんごめん!今日は昨日と打って変わって良い天気でした、、(汗)。
Imgp1353xわー、やっぱり凄いぞ、カイルア・ビーチは、、、。
Imgp1368多分強風で折れた木だろう。ご覧のように再生しようと葉を伸ばしている。自然は強いね!
Imgp1373ビーチから100メートルくらいのところに島がある。ご覧のように皆そこまでカヤック(カヌー?)なんかで行くようだ。カヤックは上の写真の「130 Kailua Road」のところでレンタルしている。
Imgp1378ライフガードのボードとバギー。こいつあ絵になるね!
Imgp1394おっと、これはカイルア街中の「カラパワイ」。間違えないように!
Imgp1396帰りはカイルアの街の、このカラパワイ近くのバス停から56番に乗ってアラモアナまで、、、。
Imgp1399今日の歩きは短かかったけど、それでも8746歩あった!

 昨日はダイアルはMさんとカイルア・ビーチに行ったのは良いけど、
残念なことに曇り、、、。
あれから家に帰って悔しくて仕方がないかった!
せっかくカイルア迄行ったというのに、、。

 そこで今日とんまは成田に飛んで家にいないので、
午後から散歩がてらもう一度かカイルアに行く事にした。
57番のバスでカイルアタウンまで。
そこから歩く。
散歩にはもってこいの距離。
天気は昨日と打って変わって最高のハワイ晴れ!

 カイルアのメーシーズの前でバスを降りて、
そこで「70番Lanikai」のローカルバスに乗り換えても良い。
しかし健太は歩きたい。健康第一だからね!
バス停を降りて進行方向へ400~500メートル歩くと信号が(2個目)あるので、
そこを左に折れて、真っ直ぐまた同じくらい歩けば、
お馴染み「カラパワイ・マーケット」が見えてくる。
そこはもうカイルア・ビーチパークの入り口だ。

 つまりこの写真のような景色を見ながら行けば、
簡単にカイルアの街からカイルアビーチまで歩いて行ける。
カイルア・ビーチとラニカイは隣り合わせだけど、
今日は「ラニカイ」には寄らなかった。
次回の楽しみに取っておく、、(笑)!

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September 01, 2009

「ホノルル」、本当の意味は、、、

Imgp1290リリハベーカリー。昔この辺りが「ホノルル」と呼ばれた地だという、、。
Imgp1291リリハベーカリーの店内。相変わらず混んでいるね、、、。
Imgp1276実はこの「ユッチャンの冷麺」を先に食べてしまったんで、リリハベーカリーはちょっと覗いただけでした、、(汗)。ここの冷麺はいつ食べても最高です!
Imgp1279一寸カイルア・ビーチまでドライブ!ホノルル側はまあまあの天気だったけど、こっちはこんな感じ。おまけに「くらげ」が、、(汗)。
Imgp1289カイルアに来ればここへは絶対寄りたいでしょ?!
Imgp1286カラパワイの今日の可愛娘ちゃんはこの娘です!
Imgp1287「パイナップル」「マンゴ」など、この店には変わったソーダがある。今日健太は「リリコイ・ソーダ」を!
Imgp1293実は今日、ダイアルはMさんがずっと一緒でした!最後に寄ったカスコでワインを1本!カスコのこの「カークランド・ワイン」が美味いと評判です!!
Imgp1295そうそう、今日はウクレレ懸賞の当選者発表日でしたね!応募者数は36名。さてこの中からどなたが!?

 ホノルル、、。
とても綺麗なサウンズで耳に心地よい。
もちろんハワイ語から来ている。
それは良く「穏やかな港」、、などと訳されている。

 しかしそれはかつての航海者が間違えて訳したものだと、
「ハワイの伝説と史跡・前山北海著、Pradise Traders 社・1976年刊」に記されている。
ハワイ語の「ホノ」は「豊富」と言う意味。
そして「ルル」は「平和」を意味する。
つまりそれを組み合わせると「豊富な平穏」、
「安らかな土地、良い傾斜の地域」と言う意味が正しいと彼は唱えている。

 前山氏はその著書の中で、
ハワイアン歴史研究家Kamakauの言葉を引用し、
元来「ホノルル」は現在のリリハ街とスクール街の交差点近くに当たる、
肥沃な農地を指していたと指摘している。
この「農園地域のホノルル」は元来とても狭いところを指していて、
西に眺めの良い肥えた土地には小川や泉の水が流れていて、
ハワイアンたちの主食「タロ芋」を育てるのに最適であったという。

 前山北海氏は1929年生まれのハワイ日系人で、
第二次世界大戦以前はハワイの日系新聞記者として活躍、
戦後は米進駐軍の新聞検閲官として日本で勤務。
その後ハワイに帰還して、
英文月刊誌を創刊した。
ハワイの歴史を研究していた数少ない日系人だったと言われている。

 さて、待望の高級マホガニー・ウクレレの発表でーす!
当選者は、
「19番の、千歳のコージさん」でした!
おめでとうございます。
早速健太宛に、住所氏名をメールでお寄せ下さい。
今月は健太は日本へ行く予定がないので、
申し訳ありませんが発送は10月になります。
宜しくお願します。

 外れた方もがっかりせず、
次回また応募してください。
皆さん、参加有難うございました!
ウクレレの練習、頑張って下さい。

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