« July 2015 | Main | September 2015 »

August 30, 2015

何処へ行った、A型の性格!

Imgp1842
今日のアラモアナ・ビーチ。大雨で大量の下水がビーチに流れ込んでブラウンウォーターだったけど、今は随分引けている。
Imgp1841
でもまだ泳いじゃあ汚いんじゃないの、、、。
Imgp1844
ほらまだパドル・ボーダーの向こうにブラウン・ウォーターが見えるだろ!
Imgp1845
向こうはマジック・アイランド!今日はとてもいい天気でした。
Imgp1854
今日の波は2~3フィートの予想でした!
Imgp1865
スポーツ・オーソリティー!
Imgp1866
へー、ドローンってこんな値段で買えるんだ、、。
Imgp1863
カカアコに建設中のハイライズ・コンド!
Imgp1833
片足のカモ君、、。
Imgp1832
JAL・ホノルル支店長の村山夫妻とゴルフをご一緒しました!

昨日今日と快晴が続いている!
何しろこのところひどい大雨だったからね。
これで一安心、、、

と思ったら大間違い!
明日にもハリケーン・イグナシアがやってくるのだ、、。
そしてそいつが過ぎ去っても休む間もなく、
やがてハリケーン・ヒメナもやってくる。
ゴルファー殺すにゃ刃物はいらぬ、
雨の3日も降ればよい、、。

してえ、
昨日は土曜日でこの健太のブログをアップする予定日だったけど、
この2日間出かける時カメラを忘れて出ちゃったので、
写真がなかった。
やっぱりブログは写真がないとね、、、
そんな訳で一日さぼりました、、(汗)。

健太はA型なので元来意外ときちんとしているんだけど、
そこは人生、
なかなかきちんといかないことも多く、
若いころは自分でもイライラしてた。
結局人間いつもきちんとなんてできやしない!
と年とともに悟りだして、
年を重ねるたびにどんどんいい加減になって来た健太。

更に、
70歳を越えてからと言うもの、
いい加減さが相当自分の中で幅を利かせて来ている、
果たして健太のA型はどこへ行ってしまったんだろう、、、。
かつてとんまは健太がA型と知った時、
「まさか!」って驚いてた。
つまりとんまと知り合った頃は、
すでに健太の性格はいい加減になっていた、、と言うことなのだ、、(笑)。


| | Comments (15) | TrackBack (0)

August 26, 2015

連日の雨・雷・稲妻!

Imgp1805
どこかビトンを思わせる、お洒落なパッケージのワイン!
Imgp1807
中身はこれでした、、。
Imgp1806
我が家のワインセラー!
Imgp1810
中身を出してみると、、、。
Imgp1811
美味しい焼酎もあるでよ~!
Imgp1794
服部克久さんとゴルフ!
Imgp1801
セカンドショットの後の服部さん、、。あまり良いショットではなかったのか、足取りが重いようです、、(笑)。
後ろの水は、池じゃないところが池になっちゃってるところ!
Imgp1802_2
その結果、フェアウェーまで魚が出てきちゃった、、(汗)。哀れな魚は「タラピア」君!
Photo
この2、3日稲妻が凄い!
9abdb4af4e60450f849e279e68804d6f1
今日のホノルル!


トロピカル・ストームが襲うハワイ!
この3、4日豪雨と稲妻に見舞われて、
雷の音がまるで爆撃を受けたようにホノルルの街に轟いている。
最初は近所の犬がその音にやたら吠えていたけど、
そのうち辺りに雷が幾つか落ちたんだろうね、
けたたましい音と地響きに代わると、
犬たちもすっかり尻尾を巻いてしまったのか、
大人しくなっちゃった、、。
しかしあの強大な音は大人の人間でさえ身震いがするほど、
物凄い響きだ!

気の毒なのは観光客のみなさん。
高い金を払ってハワイにやって来たというのに、連日の雨・雷・稲妻!
これじゃあまるでどぶに金を捨てたようなもんだ、、。

ローカルの我々としてはこんな時、
おとなしくワインでも飲んで寝ちゃうのが、
正しい一日の過ごし方なんじゃないのかな。

とんま、美味しいワインと焼酎があるよ、、(笑)!
でも困ったことに今ハリケーン・イグナシアも近づいているんだよね、、。


| | Comments (19) | TrackBack (0)

August 23, 2015

良く入るパター!

Imgp1759
新しく買ったナイキのパター!これでガンガンバーディーが取れる、、かも、、(笑)。
Imgp1766
この3ヵ月ほど健太が使っているドライバー!よく飛ぶと言われて買ったけど、現在の健太の実力ではまだ使いきれていないんだよね、、(涙)。
Imgp1752
久しぶりに行ったカパフルのジャック・インザ・ボックス!
Imgp1753
店の前は工事中。ついこの前ここで爆発事故があったのだ!
Imgp1688
プランバーゴが満開です。


弘法筆を選ばず、、
って言うけどやっぱりある程度は皆さん筆は選ぶよね、、。
ゴルフもクラブによって随分違う。
やっぱり飛ぶドライバー、自分に合ったドライバーってのがあるし、
よく入るパター、自分のフィーリングにぴったり、、っていうのもあると思う。

ドライバー・イズ・「ショー」、
パター・イズ「マネー」って言う格言がある。
つまりドライバーで素晴らしいショットをしてみんなを驚かせることができるけど、
お金を稼ぐにはパターが上手くなきゃだめだよ、、って言う訳だ。
健太たちもごくごく小さなチョコレートをベットするんだけど、
ドライバーで300ヤード飛ばしても、
最後に穴に入れる時30センチの距離を外しちゃあ何にもならない。
ドライバーの300ヤードもパターの30センチも一打は一打だ!
ドライバーをいくら飛ばしても30センチを外しちゃあお金にならないってこった。

トップ・プロの場合ショットの技術は皆それぞれ大差がないので、
結局その試合でパターが入ってる奴が優勝している気がする。
今年のアメリカのメージャー「マスターズ」と「USオープン」に勝った、
弱冠21歳のジョーダン・スピーツがまさまさにそれで、
今年の彼はパターががめちゃ決まっている。
5メートルくらいのパッティングがガンガン入ってたし、
時には10メートルぐらいのパッティングまでガンガン入れてきた。

今行われている「ウィンダム選手権」ではタイガーが久しぶりに活躍、
3日目の土曜日13アンダーで2位にいる。
見ているとやっぱりパッテイングが良く決まっているんだよね。
今年のタイガーはまだリハビリ状態、
今まで散々なスコアで回っていたけど、
今回こそは何が何でもタイガーに優勝してもらいたい!


| | Comments (19) | TrackBack (0)

August 19, 2015

マンゴはいかが?

Imgp1690
猛烈に暑いHCC(ホノルル・カントリー・クラブ)。ここは盆地みたいになってるからね、、。
Imgp1698
マンゴはいかが?HCC11番ホール・グリーン先になっているマンゴ。今年はマンゴの当たり年だ!
Imgp1749
この前こっそり取ってきて熟れるのを待っています、、(笑)。赤いのはもう食べごろだね!
Imgp1693
同じく10番ホールフェアウェー脇になっているパパイヤ。いくらなんでもこれはまだ取れない。
Imgp1708
パリ・ゴルフ・コース・5番ホール、ティー・グラウンドよりコオラウ山脈をパシャリ!
Imgp1711
同じく5番ホールフェア・ウェーをグリーン側から、、。
Imgp1714
8番ホールフェアウェー。
Imgp1723
道路には打ち込まないように。何かあったら貴方の責任ですよ!
Imgp1692
暑い暑い!ドライバーのヘッドを触ったらやけどしそうに熱かった!
Imgp1726
どうやら心中ではなさそうです、、(汗)。
Imgp1731
今日のドカ~ン!
Imgp1733
足首の刺青が気になります、、、。
Imgp1738
今日の波は2~4フィートって言ってたけどなあ、、。
Imgp1743
お母さんって大変だよね、、。
Imgp1744
よいしょっ、こらしょっ!
Imgp1745
ちょうど良い焼け具合ですね、、。


この前スイカが安かったんでかってみたけど、
こいつがなかなか甘くて美味しかった!
してぇ、
御覧のようにマンゴも今年は当たり年で、あちこちでマンゴがタワワに実っている。
更にパリゴルフ場では「グアバ」の実がやっぱり大量に実っていた。
それもこれも気候のせいに違いない。

ハワイの気温も観測史上最高を記録したというし、
日本も相当暑いんでしょ?、
どうやら地球規模で高温多湿が蔓延しているようだ。

だというのに、
中国ではどでかい爆発があったというし、
タイでも爆発騒ぎだ!
これじゃあ一向に涼しくならないよね、、。

で、
健太の家は山からの涼しい風があるおかげで、
それほど暑さに悩まされてはいないけど、それでも例年に比べて風通しが悪い!
それと言うのも、
ニュー高層コンド群が海岸線側に林立していて、
風の通り道を遮断したり、
それらの窓ミラー・ガラスの反射による熱がこのホノルルの街を暑くしているからだ。
そこでこんなニュースが目についた。

「カカアコの開発を統制する州機関は、
新しく建設されているコンド・タワーの窓ガラスの透明さに関し、
光の反射とエネルギーの規模を見直す必要があることを認めた。
同件は今年の初めワードアベニューとカピオラニの角に建設中の、
シンフォニー・タワーに使用されている窓ガラスが、
ハワイコミュニティー・デベロプメント・オーソリティー(HCDA)、
の規定に合わなないことが明らかになったことがきっかけになっている。
シンフォニー・タワーの建設は2013年末から始まり、
現在窓ガラスは45階建ての35階まで設置が完了している、、」

誰がこれらの建築許可を出しているか知らないけど、
何とかこれ以上高層ビルを増やさないようにして欲しいものだ、、。

Imgp1474
問題のワードアベニューとカピオラニの角に建設中の、シンフォニー・タワー。

| | Comments (15) | TrackBack (0)

August 15, 2015

選択肢が多すぎる!

Imgp1631
アヒルに鴨、仲良しです!
Imgp1640
ロスのケアモク店。最近掘り出し物を探しに、週に最低2回は行きます、、(笑)。
Imgp1682
ワード店。はしごです、、(W・汗)。どちらももめぼしいものはなし!
Imgp1638
リキリキ・ドライブイン・コーナー。右端がジャパンビデオだ。
Imgp1633
HCC、9番パー5のグリーン!御覧のように今砂を撒いてるんだよね、、。
Imgp1634
こっちも相変わらず通ってます、、、(笑)!
Imgp1546
我が家の裏通り、スペンサー通りから見た虹。
Imgp1609
筋肉隆々のロコ・ギョールだね!
Imgp1617
今週は久しぶりに健太が元勤めいていたここへ行ってきました。
Imgp1615
このホテルは水槽で有名だね!
Imgp1614
フロントデスク。うーむ、やっぱりどこか古めかしいなあ、、、。
Imgp1622
久しぶりに「ゆっちゃん」にも行きました。やっぱりここの冷麺は美味しいなあ!サービスは最後に行った時よりは良かったです。
Imgp1683
カピオラニとワードの角に建設中のコンド。大分できてきたね!でもここはビーチから遠いし、オーシャン・ビューもたいしたことはなさそうだ、、。


健太はなんでも最低複数で持ちたがる。
ギター、ウクレレ、ゴルフ・クラブ、デジカメ、ビデオカメラ、TV、PCなどなど。
ギターは現在40本、ウクレレが10本、ビデオ・カメラが5台、デジカメ5台、、。

例えばゴルフ・クラブの場合パターは10本くらい、
ドライバーもそのくらいはある。
いずれも体は一つなので使えるのは1つ、
同時には使えない。
<こうして我を振り返ってみると健太は浮気性なのかもしれない。
でも神に誓って言いますが、とんまと結婚してから浮気は一切してません。
自分で言うのもおかしいけど、A型で結構根が真面目なんだよね、、>

例えばパターの場合、
「これのほうが入りそうだ!」とか、
ドライバーの場合「こっちのほうが飛びそうだ!」、、とかついつい思っちゃう。

しかし人の話だとこう言う健太みたいな性格は大成功は望めないそうだ。
要するに選択肢が多すぎて迷ってしまうんだね。

作曲したり、小説を書いたり色々するけど、
うーむ、そう言えばどれもこれもあまり売れていない、、(笑)!

この前も話したけど、
健太はあと20年生きるそうだ。
5年あれば結構なことができる。10年あれば相当なことができるよね?
それが15年、20年あればきっとどでかいことができる!
しかし選択肢を狭めていかないと大成功は望めないと人は言う。
だからここらで大成功するためにしっかり絞った目標を作らねばならないのだ!

そうです!
健太はゴルフを頑張って、
プロ・ゴルファーになれば良いのだ。
これから20年先、
94歳になったら健太はきっとすごいゴルファーになっているぞ、、(笑)!

| | Comments (20) | TrackBack (0)

August 12, 2015

ハワイ不動産情報!

Imgp1670
「それっきゃ能がないのか!」、、。すいません今日もアラモアナビーチに行きました、、(汗)。
Imgp1672
「えっ、私のことですか?」
Imgp1652
つまんないなあ、、。このビーチって、イケメンが来ないのよね、、。
Imgp1668
また「道が混んでる、、、」なんて嘘ついてる!
Imgp1673
ねえ、私素敵でしょ!
Imgp1674
アイス・コーヒーがホット・コーヒーになっちゃった、、。
Imgp1658
二人とも長いなあ~、、。
Imgp1653
焼けた素肌に焼けた砂~。歌詞になりそうです、、。
Imgp1662
椰子の葉が邪魔だなあ、、。
Imgp1644
ねえ、この娘やっぱり何度やっても泳げないわ、、。
Imgp1650
バック・シャン!
Imgp1646
今日の波は1~3フィートの予想でした。
Imgp1676
アラモアナ・ショッピング・センターに今建設中の「Park Lane Ala Moana」!

ハワイ不動産情報!

今年6月は1戸建ての売れ行きが好調で、
ほとんどの物件が市場に出てから1月もかからないうちに売れたそうだ。
またコンドもほとんどの地域で販売数が昨年同月に比べて上回っている。

1~6月までコンドが一番売れたのはワイキキ地区で464戸、
価格は中間価格で35万ドル(1ドル120円計算で4200万円)。
二番目はマキキ・モイリリ地区で277戸、
中間価格で34万5000ドル。
また一戸建てのトップはエバ・カポレイ地区で、
価格は同じく中間価格で57万9千500ドル(約6900万円)。
二番目はカイルア・ワイマナロの146戸、
価格は中間価格で1ミリオンダラー。

価格についての昨年比で、
コンドは6%ほど下がっているが売上個数は21%ほど上昇、
そして1戸建ての価格は昨年と変わらないが売上個数は7%ほど上昇している。

こうした新聞に出ている情報が果たしてどこまで正確なのかわからないけど、
ある程度の目安にはなりそうだ。
しかしどう考えても円安の昨今、
日本人の顧客数は恐らく減少傾向にあるに違いない。

| | Comments (26) | TrackBack (0)

August 08, 2015

ワイキキ殺人事件

Imgp1548
ワイキキ・ロス!
Imgp1555
モアナ・サーフライダー・ホテル(旧・モアナ・ホテル)。健太の小説で「ワイキキ殺人事件」が起きたところです、、、(笑)!
Imgp1560
ワイキキをホロホロするワヒネ達!
Imgp1563
交番あたりから見たワイキキビーチ。
Imgp1567
お馴染み、観光カタマラン!
Imgp1565
今日のワイキキはまた格別暑い!
Imgp1569
今日のサウスの波は1~3フィートだ。
Imgp1574
自撮り棒お貸ししましょうか~、、。
Imgp1578
残念!波がいまいちだね、、。
Imgp1581
平和そのもののワイキキ・ビーチです!
Imgp1586
ビキニまで暑さで焼けてるようだね!
Imgp1593
防波堤の少年たち、バンザ~イ!
Imgp1596
このビキニ、ちょっと小さかったかしら、、、、。
Imgp1599
今日の「ドカ~ン!」です。
Imgp1607
嬉しいな~、笑顔でしっかりV サインをくれました!
Imgp1618_2
ハイヤットのブランドショップ!

<健太の小説のあらすじ>

さて前回まで「黒船から真珠湾攻撃まで」と題して、
日本が太平洋戦争に至る裏話のようなものをアップしてきた。
実はその全ての文章は(含・ペレの伝説)、
健太が書いている小説の中からコピペしたものだ。
さて、その健太の小説なるものは一体どんな話なのだろうか、、。
ここに簡単な「梗概」を載せさせて頂きましょう。

「ハパジャパ・ワイキキ殺人事件」

1941年、ハワイ日系二世城間(ぐしくま)慎太郎は、
ハワイ大学在学中ホノルルの邦字新聞社「イカリ・タイムス」に見習い記者として雇われ、
先輩記者の里見蘭に付いて研修をすることになった。
里見蘭は父親が白人で母親が日本人のハパジャパ(ハーフ・ジャパニーズ)。
ハーバード大学出身でニューヨークの「ヘラルド・トレビューン紙」に勤務していたが、
昨年母親が病で倒れて以来ハワイに戻っている。 

1941年10月XX日、
ワイキキの「モアナ・ホテル」で自殺を装った密室殺人が起きた。
「ワイキキ殺人事件」だ。
殺されたのは軍事ジャーナリストの「へクター・バイウォーター」で、
ニューヨークの「ヘラルド・トレビューン紙」時代世話になった里見蘭の恩師ともいうべき男だった。

ヘクターは著名な日米軍事ジャーナリストで、
ニューヨークでは彼の必要とする日本語文献の英訳をほぼ全面的に蘭が引き受けていた。
そこで恐らくそれにまつわる事件に違いないと推理した蘭と慎太郎は、
ホノルル警察のボトル警部やマイク刑事と協力しながら行動を開始した。
と同時に、
最近蘭の自宅近辺の真珠湾に頻繁に現れるホノルル日本領事館・一等書記官、
森村正の行動に疑問を持ち始める。
 
そんなある夜蘭が三人の暴漢に襲われた。
危機を救ったのは米海軍上級秘密工作員(諜報員)のジョージだった。
そこで蘭は意外な事実、
ジョージが森村を追っていることを知る。
ジョージは森村とその一行3人がオアフ島遊覧飛行に出かけることを突き止めた。
〈森村め、真珠湾の航空写真を撮る気だな、、、〉
そう睨んだジョージは三人を監視するが、
飛行中パイロットが意識不明に陥ってしまう。
あわや事故かと思われたが、
森村一行の一人中島と呼ばれる男が操縦を代って事なきを得る。
実は米情報部では日本の暗号電文を解読していて、
中島は偽名で日本海軍の大物であることをジョージは知っていた。
 
慎太郎と同じイカリタイムスの見習い記者岡本も森村正の尾行を始めるが、
ホノルル警察のバーンズ刑事が現在FBI付きの特別諜報局長をしていて、
同様に森村を尾行している事を知る。
FBIが森村を追っている理由を探ろうと、
FBIホノルル支局長であるシーバスの部屋に盗聴器を仕掛けた蘭たちは、
近々日本軍が真珠湾を奇襲してくるという仰天の情報を得る。
 
一方、蘭を襲った犯人を突き止めようとしていたマイク刑事が水死体として発見された。
しかしその事件をきっかけに蘭を襲った犯人像が微かに浮かび上がって来た。
それは「ワイキキ殺人事件の犯人と同一人物であるに違いない」、
そう推理した蘭たちだったが、
予想に反して新たな人物が「ワイキキ殺人事件」の犯人として逮捕された。

そして遂に12月7日早朝、
日本軍が真珠湾に猛攻撃を仕掛けて来た。
その攻撃のさなか、
必要に迫られてある白人海軍将校を拉致した蘭と慎太郎は、
パール・シティに向かう途中検問に引っかかってしまう。
万事休すと思われたその時、二人を救ったのは意外な人物だった。
 

解説:

 黒船から真珠湾攻撃まで No. 3 では、
ヘクター・バイウォーターはロンドンの郊外の自宅マンションで死亡したということになっているが、
その説が甚だ心もとない。
ずっと後になって死亡したという説もある。
そこで、彼が殺されたのはロンドンではなくハワイだったら、、
ということを思いついてこれを書いてみる気になりました、、(笑)。


| | Comments (16) | TrackBack (0)

August 05, 2015

黒船から真珠湾攻撃まで No. 5

Imgp1527
今日のオアフ島はトロピカル・ストームがやってきて午前中は大雨!そんな訳でビーチも人出が少ない。
Imgp1514
天気が良くないので光量が極端に少ないね、、。
Imgp1516
今日の「ドカ~ン!」かと思ったら、もうすぐお母さんなんですね!
Imgp1520
あ~、頭が痛い!
Imgp1522
うつ伏せ軍団。
Imgp1531
溺れてます、誰か助けて~っ!
Imgp1535
スマホばっかり夢中になっちゃって、あたしが溺れても知らん顔なんだもん、、。
Imgp1538
そんなに大きな荷物、どうするの?
Imgp1539
結構波が荒いけど、やっぱり行くの?
Imgp1534
6+?

今回は主にアメリカ側の資料を基に、、、。

 1941年11月。
ワシントンDCの街並みもすっかり紅葉し始め、
ポトマック川両岸の秋景色はそこはかとなく郷愁を誘う。
私はこの地方の短い秋が大のお気に入りではあるが、
今年は何故かそれらすべてが淋しさを湛えて映って見える。
  
私、コーデル・ハルが(米国務長官)野村吉三郎日本大使と初めて会ったのは今年の2月21日だった。
彼は日米の会談をあまりセンセーショナルに扱われないように、
国務省より私の滞在するウォードマン・パーク・ホテルを訪れることが多かった。
日頃の彼の態度を見る限り、
彼は心から日米の平和を願っていることが感じ取れた。
しかし既に40回以上の会談がもたれているものの、
5月12日に提出された提案を受け取って以来、
日本側は一貫してその主張を曲げようとせず、
そこからは一条の光すら窺うことは出来なかった。
ようするに日本ははなっから一歩も歩み寄ろうとする気はなかったのだ。

その内容は太平洋地域を日米両国で共同支配して、
日本がその90%を支配しようと言うもので、
他国の権利・利益を全く無視したものだった。
だがこれを最初から断われば、
日米間の将来を根本的に討議する唯一の機会を断ってしまう事になるので、
そこを先ず話の出発点とする事とにした。
 
 しかしそうした我々の態度を見た日本側には、
妥協的な提案で互いに歩み寄ろうとする姿勢は一切なく、
それどころか更なる野望を盛り込んだ一方的な内容を提示して来た。
アメリカとしては近衛内閣には何の期待もしていなかったが、
10月18日に成立した東条内閣には更に期待が持てなかった。
どちらの内閣も同様に日米協定を結ぶ事を焦っていたが、
近衛は日米協定を結ぶ事で自己政権の延命を考えていた。
一方、東条の考えは協定が破綻すれば即戦争を起こす腹積りであることは、
手元の情報により明明白白であった。
我々は多くの暗号電文を解読している。
  
 そして遂に、11月5日の東郷茂徳外相から野村に宛てられた電報で、
我々は次のような内容のものを解読した。
「諸々の理由により、協定調印を今月二十五日までに完了せよ。
困難ではあろうが現時点では他に方法は考えられない。
この点を深く理解し、最大の努力をされたし」
この電文は、日本は既に戦争への準備を完了しようとしていて、
25日までに我々アメリカ側が要求に応じなければ、
即日米戦争に突入すると言う事を意味している。
11月7日、私はルーズベルト大統領に次のようにレポートした。
「情勢は極めて逼迫している。
我々はいつ何処で日本の軍事攻撃を受けるか分からない。
常に警戒が必要である」
 
 そうした我々の内情を知らず、
野村は依然として日本の平和的提案なるのもを提示し続けて来たが、
私のデスクに積まれて行く日本の傍受電報は彼らが全く違った意図を持っていることを証明していた。
11月17日、野村に連れられて新使節来栖大使が私に会いに来た。
彼は野村には遠く及ばない器だった。
彼の言動には信頼を呼ぶものは何一つ感じない。
私はこの男を法螺吹きだと思った。
第一我々は暗号電文の解読により来栖の役目を最初から承知していた。
あらゆる手段を用いて我々を巧みに籠絡し、アメリカに日本側の条件を呑ませること。
そしてそれが成功しなかった場合、
日本側の攻撃準備が整うまで交渉を長引かせておくことだった。
 11月21日、
来栖が一人で私のところに来た。
私は「平和的解決に何か良いアイデアはないか」と彼に尋ねた。
来栖は何もないと答えた。
その一言を聞いて、私は日本の攻撃準備が整ったと悟った。
私は日本が何時攻撃してくるか分からないと再び大統領はじめワシントンの有力者に、
より高いアージェントとして伝えた。
 
 そして11月26日遂に私は意識的に、
恐らく日本側が受諾することのできない最後通牒を、
仲間のハリー・ホワイトやアーサー・マッカラムに頼んで作成してもらい、
彼らに突き付けた。
中国との戦争を放棄すること、
日独伊三国同盟を破棄すること、
大東亜共栄圏と呼ばれている東南アジアのための経済計画を放棄すること、、
などを含む十ヶ条がそれだ(いわゆるハル・ノート)。
 
実は今年の1月、
私は東京のグルー大使から一通の電報を受け取っている。
それによると、
日本在住のペルー公使がグルー大使に
「日本は日米間に万が一問題が起こった場合、
総力を挙げて真珠湾を攻撃する準備をしている」
と内密に伝えてくれたと言う。
似たような情報は他からも入ってきていて、
既に何があってもおかしくない状況だ、、、。
ともあれ、
最初の一撃は彼らにやらせなければならない!

(一部ハル回顧録より)

Imgp1543
当時の米国務長官・コーデル・ハル著、「ハル回顧録」。

| | Comments (19) | TrackBack (0)

August 01, 2015

黒船から真珠湾攻撃まで No.4

Imgp1252_2
ダウンタウン、ビショップ・ストリートとアラモアナ・ブルバードの角に現存する元・FBI の入っていたディリングハム交通社ビル。アロハ・タワーのすぐ近くだ。当時FBI ハワイ支部長のシーバスは、この2階から常に港を監視していた。
Aloha_tower_iv
デリングハム交通社ビルかの目の前に見えるアロハタワー!
Imgp0017
同じく今もまだある1940年代のホノルル警察。この3階にバーンズのいたエスピオナージ・ビューロー(諜報局)のオフィスがあった。
Photo
日本のスパイ森村正こと「吉川猛夫」が真珠湾を偵察していた料亭・春潮楼(現夏の屋)。
Photo_2
料亭・春潮楼からの景色。
Imgp1479
1961年、思い出のハワイに戻って真珠湾に立つ森村正こと、吉川猛夫氏。
Imgp1481
その吉川猛夫氏が講談社から出版した「東の風、雨」。
Imgp1476
真珠湾攻撃後即アリゾナキャンプに抑留されたホノルル総領事館一行。前列中央が吉川氏、後列右から2人目が喜多総領事だ。


FBIハワイ支部長ロバート・シーバス特別捜査官の任務は、
ハワイに於ける日本人の諜報活動を探る事だった。
シーバスのオフィスは、ダウンタウンのデリングハム交通社ビルにあり、
二階の彼の部屋からはアロハタワーのあるホノルル港が眼下に見渡せた。
日本艦船が入港した際乗員と接触する日本人を監視するには都合のいい場所である。
 
1941 年に入って、
日本の松岡洋右外務大臣が不用意に打電した電報を傍受したアメリカ情報部は、
ホノルル領事館にスパイが送られることを知り、
FBI 本部のフーバー長官は即 FBI ハワイ支部長のシーバスに連絡した。
シーバスは16 名の特別捜査官従えていたが、その全員が捜査に当たりたいと希望した。
しかしハワイの全人口40万人のうち日系人口が15万人、
ホノルルの街は日本人で溢れていて、
白人捜査官が下手に行動すれば目立ってしまい、
結局手も足も出なかった。
と言って日本人をFBIに雇い入れることは誇りが許さない。
FBI捜査官は全てアングロサクソン系の白人でなくてはならないのだ。

シーバスはホノルル警察と相談の結果、
警察内にエスピオナージ・ビューロー(諜報局)を設置、
風紀刑事部長のジョン・バーンズが(のちのハワイ州知事)その局長となって座ることになった。
バーンズは日系二世K・金沢、ハパジャパ(日系人ハーフ)のR・ミラー、
朝鮮系アメリカ人チュン、ハワイ系アメリカ人B・カイナの四名を部下として雇い、
万全の構えを整えた。カイナを除いた3名は全員日本語に堪能だった。
 
そんな折、
本部のフーバー長官からシーバスに電話が入った。
「何ですって長官、それはつまり、我々にこの捜査から手を引けって事ですか」
ずんぐりした体躯の持ち主で首が短く、手足が太い。
そのシーバスの受話器を握る手が微かに震えた。
「シーバス、君の気持は良く分かる。しかしここは目をつぶって、
今後の捜査は海軍情報部に任せてやってくれ。
よってこれからの細部情報は海軍情報部に優先的に流れる」
やっとこれから本格的な捜査開始と言う時だ。
どうしてもフーバーの電話には承服しかねる。
シーバスは声を荒げた。
「長官、いくら長官のお言葉と言えども、
それはあんまりだ。
私の連邦捜査官としての職業倫理はどうなるんですか」
「馬鹿な事を言うんじゃない。
連邦捜査局には翻訳家も通訳も密告者もいない。
こんな状況で、我々は日本人スパイ捜査について全責任を取るわけにはいかんのだ」
シーバスはホノルル警察の協力を得ているなど現状を説明して、
何とか説得を試みたが無駄だった。
既にルーズベルト大統領及びフーバーとの話し合いは出来ていて、
海軍情報部長ウォルター・アンダーソンがその指揮を執ることになっていた。
それは全てマッカラムの8項目実行の延長線上の行動である。

しかしシーバスはその後も一向に捜査の手を緩めようとせず、
密かに諜報活動をバーンズに命じた。
そこでバーンズが最初に当ったのは、
残留届を提出していない日本人達だった。
アメリカに滞在する外国人は毎年その残留届を移民局に提出しなければならない。
その結果たった半年の間に百人以上のスパイ、
あるいは情報提供者のリストを作る事が出来た。

シーバスはフーバー長官からそれらの者たちに手を出すことは固く禁じられていたため、
実際には彼らを深追いできずごく一部の者を徹底監視するに留めている。
シーバス自身時には日本領事館を訪れ、
それとなく探りを入れては見たが、
彼の立場としては表立ったことはそれ以上何もできない。
だが総領事の喜多長雄、
副領事の奥田乙次郎、
そして一等書記官の森村正は完全な黒で、
彼等に対してシーバスは細心の注意を払った徹底マークをバーンズに言い渡たしている。

中でも森村正は、
喜多と奥田のアウト・サイド・マンとして働くため日本から送られていることは明らかだった。
森村の名前は日本外交官名簿に登録されておらず、
役職もはっきりしていなかった。
一等書記官と言われたり秘書官と発表されたり、
整合性に欠けていることからも、
FBI は森村があの松岡洋右外務大臣が不用意に打電した電報のスパイであることは間違いないと判断した。
 
バーンズが森村正をマークし出してから半年、
彼の行動に最近変化を見るようになった。
森村がホノルル日本領事館に着任したのが1941の3月27日。
当初はかなり勢力的にこのオアフ島の軍事施設をスパイしていたが、
一時その勢いが下降線を描き、やがてだらだらと平行線となった。
そして8 月 9月になるとそのカーブは再び右肩上がりになり10月後半に入ると急上昇し始めた。
〈このカーブは一体何だろう、、〉
バーンズはどうしてもその理由を突き止めたかった。
スパイは日本の手先だ。
その手先の変化はそのまま日本の変化と考えられる。
つまり日米間の何かがその曲線を現しているにちがいない!

こうして森村正を徹底監視していたFBI だったが、森村自身は全くそれに気が付かなかったらしい。
ここに戦後森村が残した「東の風、雨」と言う著書があるが、
「私のスパイ活動はアメリカ側に全く察知されず任務を遂行した!」と記している。
命がけで任務にあたった森村氏には大変申し訳ないが、
なんとも滑稽な話に思えてならない。

その頃ワシントンでは、
大使の野村吉三郎とコーデル・ハル・アメリカ国務長官の会談が頻繁に行われていた。
アメリカの国力をいやと言うほど知り尽くす野村は、
何としても日米戦争を阻止したかった、、のだが、、。

| | Comments (30) | TrackBack (0)

« July 2015 | Main | September 2015 »